未来視
「そもそも院長にバレなかったのはなんでですか?」
院長は嘘を見抜くとか言うチートを持っているのに、近くにいてよくバレなかったな。
私の質問に対して、グレイは肩を竦める。
「アンバーは一度人を信用したら疑わない……いや、疑えないんだ。姐さんに嫌われてるのも気づいてただろうに、好きでいることを変えられない。俺の事も、疑った素振りすらなかった。疑われなきゃ、嘘をつくこともねーよ」
リリーさんがあれだけきっぱり『嫌い』って言ってたもんね。いくらリリーさんが演じるのが上手くても、院長は嘘を見抜ける。自分が嫌われてるって気づいてないはずがないんだよね。
それでもあそこまで慕ってるんだもんな。院長、やっぱり上に立つの向いてない性格してる。
「そもそも俺も姐さんとの戦いの後、兄上とお嬢が何やっても起きないから、一度アンバーを叩き起こしに戻ったんだ。まさか俺が倒れてるアンバーより先に中に入ったなんて思わなかったんだろう」
院長の立場からして、まさか倒れてる自分を無視して『友達』が先に行ったって思いたくないもんね。それはちょっと仕方ないかも。
「どうして院長を起こして行かなかったんですか?」
グレイだってあの状況で院長がいたら助かった部分もあっただろう。
わざわざ無視して先を急いだ理由はなんだろう。
グレイは私の問いに難しい顔をする。
「普通なら他人が近寄っただけでも飛び起きるアイツが、揺すっても起きないからよ。何かあったんだろうと思ったのと……後は勘だな。すぐに行かないと間に合わなくなるって気がして」
その勘は実際に当たっていた。そのおかげでスノウが殺されるギリギリに割り込めたのだ。
「……グレイ隊長って、ひょっとして未来が見えてたりします?」
リリーさんを殺した時もそうだった。あまりにも人の動きを正確に読みすぎている。私との稽古の時も、勘というには正確な読みで私の動きを予測してくるのだ。
私の疑問にグレイは首を横に振った。
「ちげーよ。ただの勘だ。嫌な予感がする時ほどよく当たる。昔からそうなんだ」
それ、本当にただの勘か?
武人の勘だけじゃなく、未来が見える特殊スキルみたいなものが先天的に備わってる気がするんだけどな。
でも本人が否定している以上、質問のしようがない。
私は質問を変えた。
「でも、殿下と院長に黙っているのはグレイ隊長だって辛かったでしょう? それも話さない方がいいって勘で思ったんですか?」
「いや……。兄上は自分の為に姐さんがスノウを犠牲にしたり、死んだなんて聞いたら一番ショックを受ける。だからって嘘ついても、アンバーに見抜かれる。兄上は身体を乗っ取られたから、自分が封印を壊せることも、代わりに棺に入って封印を継続させることも出来るとわかってるんだ。兄上は今、国を守るために義務感で生きてる。俺が姐さんの事を話したら、義務感よりも死を選びかねない。……俺だって、兄上に死んでほしくないんだ」
グレイは拳を握りしめて苦しそうに話す。
リリーさんもクロッカス殿下に死んでほしくないから、あんな事をしたのだ。グレイだって兄も姪も死なせたくはなかった。二人とも守りたい人がいただけなのに、悲しい結末だ。
リリーさんが何も話さずに企んだのが悪いんだけど。
「いくら言っても言い訳だな。結局俺は……あの二人に嫌われるのが嫌だっただけなのかもしれねー」
グレイが自嘲気味に笑う。見たこともない、情けなくて泣きそうな笑顔だった。
「―――そういう事だったのか」
突然、第三者の声が響いた。