呼び声
そのままスノウと手を繋ぐと、スノウの身体が透ける事はなくなった。
精神が安定したという事だろうか。なんにせよ、良かった良かった。
「ようやってくれた。感謝するぞ、サクラ」
『雪の妖精』が杖をつきながら近づいてきた。
スノウはきょとんとした顔で『雪の妖精』を見上げている。
「アンバーにそっくり……」
「スノウ、『雪の妖精』だよ。ご先祖様がずっとスノウの事を守っててくれたの」
私が説明すると、スノウは目を瞬かせた。
「そうなの? えっと……妖精さん、ありがとうございます」
きっと『雪の妖精』の存在に気が付いていなかったのだろう。それでも戸惑いながら、スノウはちゃんとお礼を言う。
偉いぞ。思わず頭を撫でてしまう。
『雪の妖精』も私たちの様子をニコニコしながら眺めている。
「なに、儂は少し力を貸しただけじゃ。後はサクラのおかげだとも。そら、二人とも。長話はせんと、そろそろ現実にお帰り。待っている者達がおるじゃろう」
『雪の妖精』が杖を振ると、私たちの後方に光る扉が現れた。
ここを通れば帰れる、という事だろうか。
スノウは扉を見て、喜びと戸惑いが交差しているような顔をしている。
私は扉ではなく、『雪の妖精』を見つめた。
「私は『スノウの代わりにあの世界で暮らす』って約束でしたけど、私も帰っていいんですか?」
土の大妖精を見るに、妖精って約束にうるさそうである。
スノウを守るって約束した以上、『雪の妖精』を殴り倒してでも帰るけど。
『雪の妖精』は私の問いに呆れた顔になった。
「儂は鬼ではないぞ。サクラの人格をもう一度眠らせることも出来るが、それでは悲しむ者がいるじゃろう。スノウだけでなく、お主も帰りを待つ者がいるんじゃ。特にアンバーなぞ、さっきから散々儂に怒鳴ってきおって、うるさくてかなわんわ」
やれやれと肩を竦める『雪の妖精』に、一応警戒は怠らないでおく。
院長から『妖精は信用するな』って言われてるからね。
院長でさえ人と考えがズレてるのだ。人外の思考回路はどこまで人間と齟齬があるか、予測不可能である。
私の様子を気に留めず、『雪の妖精』は話し続ける。
「一つの身体に二つの人格というのは、また色々あるじゃろう。アンバーがなんとかするじゃろうが、困ったらまた王墓においで。儂も相談に乗るからの」
「はい。ありがとうございます」
お礼は言うけど、相談した結果、親切で私の人格を消去しかねないんじゃないだろうか。こうやって精神にお邪魔されている以上、出来ないとはいいきれない。
それは流石に怖いので、出来ればアンバーやクロッカス殿下を頼りたいところである。
こんなに親切にされているのに今一『雪の妖精』を信用できないのは、私自身も疑問ではある。私が汚い大人だからだろうか。美味い話には罠があると思ってしまうのだ。
そんな私とは反対に、スノウは純粋な笑顔で『雪の妖精』に手を振っている。
「息災でな、二人とも。地の底から見守っておるよ」
『雪の妖精』も穏やかに手を振り返す。
やっぱり警戒しすぎか? 自分の汚さにほんのりへこんだ。
でも光る扉の向こうから、確かに誰かの呼ぶ声が聞こえてきて気を取り直す。
「帰ろう、スノウ」
「うん!」
お互いに見つめ合って頷き合い、私たちは手を繋いだまま、光る扉に向けて一歩踏み出した。