拒絶する心
棺の扉を閉めた石像二体は、元の位置に戻って動かなくなった。
グレイは血が滲むほど己の手に力を込めた。
リリーが棺の中に招かれたのは、クロッカスの子を宿していたからだ。グレイに言った事は嘘ではなかった。
結果的に、グレイは兄の妻と子どもに手をかけてしまった事になる。
罪悪感に痛む心を殺して、グレイは唯一守れたスノウに顔を向けた。
しかしスノウはグレイの手を振り払い、一歩、二歩と後退る。その顔には恐怖が滲んでいた。
「どうして......お母様を殺したの......?」
「お嬢......」
呆然と呟くスノウに、グレイは何も言えなくなる。
リリーを殺さなければ、スノウが殺されていた。
でも自分じゃなくて兄と幼馴染だったら?
クロッカスなら、リリーを説得出来たかもしれない。夫のーーー誰よりも愛する人の言葉なら、まだリリーに届いただろう。
アンバーもただの不意打ちだったら、例えリリーでも遅れは取らなかっただろう。怪我もさせずにリリーを押さえられたはずだ。ただ、クロッカスが操られるという異常事態に気を取られたせいで、不覚を取ったのだ。
あの二人のどちらかが起きるまで時間を稼げれば良かったのだがーーーそれはリリーが許さなかった。リリーもあの二人に邪魔されたくなかったのだろう。
結局は己の実力不足のせいで、幼い少女の目の前で母親を殺してしまったのだ。
黙ったままのグレイに、スノウはポロポロと泣き出した。
「お母様はきっと、お父様みたいに操られてたの。きっとそうだわ。あの怖いののせいよ。お母様が......お母様があんな事言うはずない。私を殺そうとしたりしない! うそ、全部うそよ!」
泣きながら癇癪を起こしたように地団駄を踏むスノウも、頭ではわかっていた。
あれが母親の本心である事を。
自分が母親に愛されていなかった事を。
グレイがいなければ母親に殺されていた事を。
それでも少女にとっては、たった一人の母親だったのだ。
たった5歳の少女の心は、その事実を受け止められなかった。
「もうやだ......。全部うそだ。うそだ、うそだ......」
泣きながら呟き続ける少女の耳に悲しそうな声が響く。
『このままでは壊れてしまうか......。仕方ない。暫く儂が保護しよう』
その言葉も、泣き続ける少女には届かなかったかもしれない。
ただ暖かな光に包まれて、スノウの体の力は抜けていく。
「お嬢!」
最後に見たのは、倒れそうな自分に駆け寄るグレイの姿だった。
ーーー映像はここで途切れた。