代わり
リリーの冷たい声が地下に響く。
「私が『王の影』を受け継ぐって言われてたの。私は『雪の妖精』の末裔で特別だったのに、アンバーがいたら私じゃなくてもよくなった。スノウだってお腹の子が代わりになるわよ。私と同じようにね」
吐き出すように、憎らし気に、憎悪に燃えるリリーの瞳を見て、グレイははっとなる。
「姐さん……。アンバーの事、嫌いなのか?」
「嫌いよ、大嫌い。アンバーの声だって、聞こえるのは私だけだったの。それも、私が特別だからだって皆が言ってたのに! アンバーは『可哀想な子』だから優しくしてあげてたのに、実際はただの化け物だった。でもアンバーには私しかいないから、優しくすればちゃんと言う事聞いてくれるものね。化け物なら化け物で有効活用しないと、勿体ないでしょ。グレイ君だってアンバーが嫌いなんでしょ? 気持ちはよくわかるわ」
にっこり笑って同意を求めるリリーにグレイは頭を横に振る。
「確かにアンバーは俺の事をいつも振り回すし、余計な事言ってきてムカつくし、なんでも覚えるのが早くて、こっちが覚えられないのを不思議そうに見てくるのがめちゃくちゃ腹立つけど……。でもな、あいつは幼馴染なんだよ! 利用したり、使ってやろうなんて思わねぇ!」
真っ直ぐなグレイの言葉にリリーはふっと笑った。今までとは違う、ごく自然な笑みだった。
「グレイ君のそういうところがアンバーも好きなのよ。私もグレイ君が弟なら良かった」
リリーは一度息を吐くと、真剣な眼差しで再度グレイに剣を向けた。
「グレイ君、最後の忠告よ。私は貴方を本当の弟のように思ってるの。出来れば殺したくないわ。大人しくスノウを渡して」
「断る。お嬢を渡すくらいなら、俺は姐さんを殺す……!」
一方で決意を固めたグレイも、リリーに剣を向ける。
リリーや少し目を見開いて首を傾げた。
「あら、私を殺せるの? お腹の子はどうなってもいいのかしら?」
「そんなのどこに証拠があるんだよ。殿下もアンバーも知らないんだろ。どうせ俺を惑わすための嘘だろ」
「本当なのに……信じてくれないのね」
リリーは残念そうに溜息をついた。
「それなら仕方ないわ」
その一言と共にリリーの姿が消える。
いや、超スピードで消えたように見えるだけだ。
目で追ってから反応していたら間に合わない。アンバーと何百回と手合わせしているグレイは、それが身に染みてわかっていた。
だからこそ、反射的にスノウのいる方に剣を切り払った。
その予想は当たっていた。
結果的に、スノウを狙っていたリリーを袈裟切りにしたのだから。
「おかあ……さま……」
切られた母の血がスノウに降りかかる。
そのまま後ろに倒れたリリーに、グレイは悲しそうに呟く。
「俺を殺すとか言ったって、お嬢を狙うのはわかってたよ、姐さん」
逆に言えば、リリーが直接グレイを狙っていたら、斬り殺されていたのはグレイだっただろう。
グレイを殺したくない、というのはリリーの本心だったのだ。
それを察しているからこそ、グレイの顔に予測が当たった喜びなどない。
呆然とするスノウの手を引いて、言葉を選んでいる。
「アンバーを叩き起こせば、まだ助かるかも―――」
「……結構よ」
血を吐きながら、リリーが動き出す。
そのままリリーが這うように移動して棺に触れると、棺が音もなく開く。
見れば、後ろにいた石像二体が動き出して棺を開けていた。
開かれた棺を見て、リリーが微笑む。
「殿下の子どもが代わりになるのは間違ってなかったわ。……幼すぎたら棺が開かないかと思ってたけど、そんなことはなかったみたい」
そう言ってちらりとリリーがスノウを見る。
「お嬢をこの歳まで育ててたのはそんな理由かよ……」
吐き捨てるようにグレイが呟くのを、おかしそうにリリーはクスクスと笑っていた。
「もともと失敗したら、こうする予定だったの。―――さようなら、クロッカス殿下。愛してるわ」
最後に愛おしそうにクロッカスを見て、リリーは棺の中へ倒れこむ。
彼女が中に納まると、再び棺は閉ざされた。