反乱の真実
しかし刃はスノウの首に届かなかった。
剣同士が激しくぶつかり合う音が響く。
リリーの剣を押し返した相手を見て、スノウは呟いた。
「グレイ……」
呆然とするスノウをしり目に、グレイはスノウを抱えて後方へ飛んで距離を取った。そのままスノウを守るように片手で引き寄せて、グレイは厳しい顔と共に剣をリリーに向ける。
「どういうことだよ、姐さん」
怒気をはらんだ厳しい声を向けられても、リリーは涼し気に笑う。
「あら、グレイ君。よくここまで来れたわね」
「昔から『影』はアンバーが俺を連れ回してくれたからな。内部は大体わかってるさ。……流石にこの中は初めて入ったけどな」
油断なく剣を構えるグレイに対して、リリーは余裕綽々で己の乱れた髪を払う。
「そうだったわ。グレイ君はアンバーと幼馴染だもんね。万が一、王国で危機が起こった時に、ウィスタリアの血を守るため『影』で王族の血を一人は保護しておく―――それでグレイ君がここで保護されてたんだったものね」
ニコニコといつもと変わらない笑顔で語るリリーに、グレイは苦々しそうな顔をする。
「俺の事はどうでもいいんだよ。アンバーは壊された扉の前で気絶してるし、兄上もそこで倒れてるし、姐さんはスノウを殺すとするし……どうなってんだよ」
「殿下の事は私も予想外だったわ。アンバーが殿下の近くにいれば大丈夫だと思ったのに……。でも殿下はもう大丈夫よ。あとはその子の事だけ。さぁ、スノウ。お母様の所にいらっしゃい」
リリーはスノウに手を差し伸べた。いつもと変わらない、優しい笑顔で。
先ほどまでは安心できたその手に、今は恐怖しか覚えない。スノウは思わずグレイの服にしがみついた。
グレイは鋭い目つきでリリーを睨んだ後、冷静さを保つように息を吐いた。
「俺に説明する気はないのかよ、姐さん。……なら、言ってやる。今回の反乱、変だと思ったんだ。アンバーに『影』から何も知らされてないなんてな。反乱が大きければ大きいほど、どっかから絶対に漏れるものだ。アンバーがいない間、『影』はあんたが指揮してたはずだ。だから、姐さん。あんた、わざと今回の事を見逃してただろ」
「違うわよ」
リリーはにこやかに否定する。
「今回の反乱、私がシアン侯爵に頼んだの」
「―――は?」
予想外の回答に目を見開くグレイに対して、
「だって理不尽だと思わない? 王太子の弟君より殿下の方が優秀なのに、王様になれないなんて。優秀なだけじゃないわ。優しくて強くて、いつも国民の為を思っている、理想の王子様なの」
まるで夢見る少女のように、頬を染めて語るリリーをグレイは静かに見つめているだけだ。
「それなのに呪われてるとか、母親を殺して生まれてきたとか、それだけで疎んじて、悪いことが起こったら全部殿下のせい。それを受け入れるあの人も問題があるんだど―――でも、例え殿下が許しても、私はあの人を踏みにじった人たちを許せない」
夢見る少女から一転して、ギラギラと怒りの炎を目に宿す女に変貌したリリーに気圧されて、グレイは一歩下がりそうになる。しかし、自分にしがみつく幼い少女を見て、その一歩を踏みとどまった。
グレイの様子に気づいていないのか、リリーは話を続けている。
「侯爵は昔から殿下を王様にしたかった。利害が一致したの。シアン侯爵の案には驚いたけど。まさか自分を犠牲にしてまで殿下を王様にするなんて、本当に友達思いよね」
そこまで言ってようやく、リリーは視線をグレイに戻した。視線と共に剣も添えて。
「今回の事で役職に穴が開くでしょうし、グレイ君も王族に復帰して殿下を支えてくれる? 貴方なら殿下を裏切らないでしょ?」