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私の王子様

 どれだけ時間が経っただろうか。

 スノウが泣きつかれた頃に、突如爆発音が響く。

 思わず身を固くして音のした方向を見たスノウは目を見張った。

 囂々と崩れる瓦礫を物ともせず、こちらに歩いてきたのはクロッカスだった。


「おとう……」


 喜び勇んで声をかけようとしたスノウだが、すぐに言葉を止めた。


 ―――違う。


 父の姿はしているが、あれは父ではない。直観的にそう感じた。

 それを証明するように、クロッカスはゴミでも見るような冷たい目でスノウを見て、すぐに興味を失ったように目線を棺に移した。


 あれは誰? お父様は……?


 混乱するスノウを置いて、クロッカスは棺に近づく。

 そもそも父の瞳は穏やかな藍色のはずだ。なのに今は、闇のように深く黒い瞳に変貌いている。

 そのクロッカスのような誰かは、棺を前に憎々し気な声をあげた。


「おのれ、妖精風情が。()()()()を使って私を封印するなど……。だが、これで終わりだ。ようやく、これで自由になれる……!」


 父の声と重なって聞こえる何かの声。地の底から吹きあがる怨嗟と憎悪。

 スノウが混乱と寒気と恐怖で気を失ってしまいそうになる中―――


『スノウ! しっかりするんじゃ! お主の父を救えるのはお主だけじゃ! 儂も力を貸すぞ!』


 頭に響く声と共に、全身が暖かな光に包まれる。湧き上がる気力に、混乱していた頭がクリアになった。涙で滲んでいた視界が開ける。

 見れば、棺を壊そうと右手を掲げて何事か唱えているクロッカスの姿と重なって、苦しみ、もがいている本当の父の姿が見えた。


「お父様!」


 恐怖心をかなぐり捨て、スノウはクロッカスに駆け寄った。クロッカスが棺に近づいていたおかげで足枷は障害にならず、スノウはクロッカスの腰にしがみついた。

 それだけでクロッカスは驚愕したように動きを止め、右手に貯めていた魔力を霧散させた。


「なっ……。大人しくしていれば良いものを。妖精風情が、どこまで私の邪魔をする! 離せ!」


 クロッカスはスノウを忌々しそうに睨みつけると、怒りのまま拳を振り上げる。

 スノウは思わず目を瞑った。ただどれだけ怖くても、クロッカスにしがみつく手は離さなかった。

 そうして、どれだけ待っても、痛みは襲ってこなかった。

 恐る恐るスノウが目を開けると、クロッカスは苦しそうに呻きながら片手で顔を蓋っている所だった。


「貴様……まだ……オレの娘に……手を出すな……!」


 二重に聞こえる声と共に、身体が相反するように動く。クロッカスはスノウを引きはがそうとするのに、それに身体が抵抗するような素振りを見せる。

 父が内で抵抗しているんだ。


「お父様、そんなのに負けないで!」


 泣きそうになりながらしがみつくスノウの声に応じるように、クロッカスの片目が藍色に戻っていく。


「くっ……身体が操れなくとも……!」


 口から漏れ出た舌打ちと共に、クロッカスの影から魔力が質量を持って沸きあがる。

 黒い影はまるで獣のかぎ爪のように、鋭く尖った矛先をスノウに向けた。

 襲い掛かってくる影からスノウを守ったのは―――クロッカス自身だった。

 身を挺して抱きかかえるようにスノウを守ったクロッカスは、衝撃のまま地面に叩きつけられる。


「お父様!」


 スノウは父に駆け寄ろうとしたが、足枷にそれを阻まれた。

 クロッカスは薄く目を開けると、スノウの無事を確認して薄く笑った。


「無事か……? 良かった……」


 そのまま目を伏せて意識を手放したクロッカスとは逆に、彼の影は未だに意思を持って蠢いていた。

 その陰が再びクロッカスに纏わりつこうとするのを、スノウは必死に手を伸ばして止めようとする。足枷が足に食い込んでも構わない。ただ必死だった。


「もう止めて……! お父様……!」


 それでも幼い自分の手では父に届かない。

 悔しくてじわりと涙が滲んできた時―――


「私の王子様を返して」


 一振りの鋭い斬撃と共に、蠢いていたおどろおどろしい影は霧散した。

 スノウが顔を上げると、そこには片手に剣を携えて冷たく影を見つめる母の姿があった。


「お母様……!」


 スノウはぱっと顔を明るくした。

 これで大丈夫だ。様子のおかしかった父も元に戻ったし、母が怖いのを追い払ってくれた。

 ほっとするスノウにリリーは笑顔を向けて、すぐに足枷を剣で叩き割ってくれた。


「お母様! お父様が……」


 泣きながら母に抱き着くと、リリーはスノウの背を優しく撫でた。


「大丈夫、わかってるわ。……でもね、スノウ。お父様を本当の意味で助けるには、貴女の力が必要なの。だから、手伝ってくれる?」

「うん……! 私、手伝う……! お父様、助けないと!」


 スノウは泣きながらも頷いた。

 いつも優しい父を助けたかった。知らない声も、父を助けるには自分の力が必要だと言っていた。

 スノウの答えにリリーは嬉しそうに笑った。


「ありがとう、スノウ。―――私の王子様の代わりに死んでくれて」

「え?」


 スノウが顔を上げた時、リリーは笑顔のまま剣を振り上げている所だった。


 その剣がスノウの首を跳ねるまで、一秒とかからない。


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