まぼろし
お父様がお出かけしてからは、良い子で過ごしてた。
習い事もお勉強も、いつもよりはちゃんとしたし、我儘も言わないようにした。
お母様は具合が悪そうで、あんまり構ってもらえなかった。でもそれはいつもの事。お母様は前から伏せっている事が多い。
お父様もアンバーもグレイもいないからか、使用人たちが『リリー様はスノウ様を産んだせいでお体が弱くなった』って、ヒソヒソ囁くのをよく聞くようになった。
お母様の様子や、使用人の話を耳にするたびに、胸がズキズキする。
お父様やアンバー、グレイがいれば、こんなことないのに。
さみしい。
かなしい。
はやくかえってきて。
そうして待って、待って、待ち続けて、やっとお父様が帰ってくる日になった。
みんなが帰ってきたら、いっぱいお話を聞いてもらって、たくさん遊んでもらおう。
はやる胸を内を抑え込んで、昨日は時間通りベッドに入って「おやすみなさい」したのに。
「ここ……どこ……?」
目が覚めたら、知らない場所にいた。
硬い床に寝ていたせいで、身体が痛い。
飛び起きて真っ暗な部屋を見渡すと、目に入ったのは金色の王冠、立派な椅子、それにキラキラ綺麗な宝石が沢山。
こんな場所、知らない。お屋敷の中じゃない。
「お母様……? 誰か……いないの……?」
心細くて泣きそうになりながらも立ち上がると、右足に違和感を感じた。
見れば、右の足首に足枷が付けられていた。足枷から伸びた鎖は置かれている石像に繋がれており、とても一人では逃げ出せそうにはない。
でもそれよりも―――私は鎖で繋がれている石像に目を奪われた。
「お母様……?」
その石像は母に似ていた。
他の石像は怖い顔をしている。でも私の目に入った石像は柔らかく微笑むように、キラキラと輝く棺の窓を覗き込んでいる。
顔を少し動かすと、棺の足側にはもう一体、棺と女性の像を見守るように置かれた像も見覚えのある顔だった。
「……アンバー?」
母とよく似た顔立ちの叔父に瓜二つだった。
こんな所で見知った二人にそっくりな石像を見てビックリしたせいか、怖い気持ちが少し薄らいだ気がした。
そんな二体の石像が見守る棺に、好奇心に負けて恐る恐る近づく。宝石でキラキラ輝く棺の窓は開いていた。
恐々と窓を覗き込んで―――息を飲む。
そこには男の人が眠っていた。
王様がつけるようなマントと、綺麗な服を着た人だ。長く伸びた濃い紫の髪が、周りに敷き詰められた花びらに埋まっている。今にも目を開きそうな、その人の顔はどう見ても―――
「お父様……?」
思わず声が漏れた途端、魔法が解けるように棺の中の人がいなくなった。
周りの花も干からびて色が無くなり、代わりに姿を現したのは骸骨だ。ぽっかりと開いた目の穴と視線が合った気がした。
「ひっ―――」
そんなの見たこともなかったから、怖くなって思わず逃げ出そうとして―――足枷に足を取られて派手に転んだ。
いたい。こわい。たすけて。
ジンジンと痛む膝に、恐怖が蘇ってくる。とうとう堪えきれずに目から涙が溢れた。
「お父様……お母様……アンバー……グレイ……。助けて……!」
その呼び声に、答える人はいなかった。