平和な日常
空中に映し出されたのは広い庭園だ。そこに先ほどの出会った白髪の男とよく似た、これまた見目麗しい白髪金目の男性が歩いている。
男性は一本の木の前で歩みを止め、頭上を見上げて目を細めた。
「かくれんぼはお終いだよ、スノウ。拗ねてないで、出ておいで」
男性の言葉からややあって、木の上から先ほどの泣いていた少女―――スノウが飛び降りてきた。男性は両手を広げてスノウをキャッチする。
男性はそのままスノウを抱きかかえると優しく頭を撫でた。
「ほら、殿下のお見送りしないと。殿下もスノウの顔を見れないと寂しいと思うよ? しばらく会えないんだからさ」
「お父様に会えないの、私も寂しい。……私も一緒に行く!」
むくれた顔で撫でられていたスノウは、良いことを思いついたとばかりに顔を上げる。
男性は困ったような、微笑ましそうな顔でスノウを見つめた。
「殿下はお仕事なんだよ。それにね、スノウ。お外は危ないんだ。もう少し大きくなってからね」
「アンバーはいつもそればっかり。一回くらい、お屋敷の外に行ってみたいのに……」
ますます拗ねて顔を伏せるスノウを、アンバーと呼ばれた男性は宥めるように撫で続ける。
そんな二人にまた別の影が近づいてきた。
「お嬢、こんな所にいたのか」
「まだ拗ねているのか? スノウ」
声をかけてきたのはラフな格好の剣を腰に佩いた男性と、全身黒ずくめの長身の男性だ。
「お父様、グレイ……」
スノウの呟きと共に、父親と思われる黒づくめの男性が抱きかかえられているスノウに目線を合わせて屈む。
「すぐに戻ってくるよ。それまで良い子で待ってるんだぞ」
スノウの父親はスノウの頬を愛おしそうに撫でる。スノウは寂しそうな表情を隠そうとしないが、先ほどのような我儘は口を真一文字にしてぐっと堪えていた。
「殿下、そろそろお時間ですよ」
別れを惜しむ親子の後ろから更に声がかかる。
現れたのはアンバーやスノウによく似た女性だ。恐らく彼女がスノウの母親なのだろう。
殿下と呼ばれた男が女性の方を振り返って目を伏せる。
「リリー。……すまないな。君もこのところ体調が悪いのに、オレはしばらく帰れそうにない」
「いいんですよ、殿下。私こそ、殿下をお守りできずに申し訳ありません」
「君はもう、オレの騎士でなくて妻だろう。オレも君を守りたいのに......。何かあったら、すぐアンバーに言ってくれ」
その言葉と同時に、スノウを抱えたアンバーが夫婦の間に笑顔で割って入る。
「ええ、ご心配なく。姉さんとスノウはボクが守りますから! 殿下はさっさと行って大丈夫ですよ。ほら、早く」
アンバーは自信満々に胸を張り、まるでスノウの父親を追い出そうとするようにしっしっと手を振る。
しかしそれに待ったをかけたのはリリーと呼ばれたスノウの母親である。
「アンバー、貴方も殿下と一緒に行ってあげて。私が守れない分、貴方が守ってあげて」
「ええっ!? グレイがいるんだから、ボクは行かなくていいでしょ!?」
驚愕と絶望を含んだ顔でアンバーが声をあげる。
そこに殿下と呼ばれた黒づくめの男性も同意する。
「そうだぞ、リリー。グレイがいてくれるんだから、オレにこれ以上護衛は必要ない。それに今回はサルファーでの会合だ。道中も兵たちが守ってくれるし、安全地帯を通る予定だ。アンバーやリリーが必要なほどの問題が起こるわけないだろう」
殿下の自信満々な言葉に、何故か沈黙が返ってきた。
リリーとアンバーは似たような顔を見合わせて、同時に深いため息を吐く。
「姉さん。やっぱりボク、行ってくるよ。スノウの事、お願いね。何かあったらすぐ報せて。どこにいてもすぐ駆けつけるから」
「ええ、お願いね」
アンバーはスノウをリリーに任せて、深々と頷いた。
そんな二人を困惑した顔で殿下が見つめる。
「二人ともオレの話聞いてたか?」
「聞いてたからですよ」
グレイが呆れた顔で呟く。
困惑しきりの殿下を引っ張るように、アンバーが歩き出す。その後をグレイがついていく。
「いってらっしゃい......」
スノウとリリーは手を振って、それを見送った。