真実への一歩
「それじゃ……リリーさんを殺した犯人は……」
身体を乗っ取られていたクロッカス殿下しかいない。
ここの扉は隠されていて、扉が壊されるまで通り抜けるのは『雪の妖精』の血縁がいないと不可能だ。
私―――いや、スノウが記憶を無くしてしまったのは、目の前で母親を殺されただけではなく、父親が母親を殺すところを見てしまったからなんじゃないか?
私の身体が棺に近づけないのも、トラウマのあるところに近づくのをスノウが拒否しているからなのかもしれない。
それでも院長は首を横に振る。
「わからない。スノウは記憶喪失になってたし、クロッカス殿下は正気に戻ってたけど、乗っ取られていた時の記憶は残ってなかった。そもそも姉さんとスノウが何でここにいたのかもわからないから、殿下が来る前に二人と一緒に他の誰かがいたかもしれない。だから犯人はわからない―――ことにしたんだ」
随分と歯切れの悪い返答だ。
私は院長の顔を見ながら静かに尋ねた。
「でもクロッカス殿下と院長が本気で調べれば……わかりますよね?」
なんせ『何でもできる』と豪語する院長と、それに肩を並べられる才のある二人だ。
調べる方法はいくらでもあるだろうし、ないなら自分たちでその方法を作り出すタイプである。
それでも『わからない』という事は、答えを出す気がないのだろう。
院長は暗い顔で床を見つめ続けている。
「そうだね……。でも、それで殿下が姉さんを殺してたら? いくら乗っ取られてたとはいえ、ボクはあの人を許せない。信じてたのに。あの人なら姉さんを幸せにしてくれるって思ってたのに。それを裏切られたらボクがあの人を殺しちゃう。―――それはダメだ。あの状況で、殿下を殺すわけにはいかない」
院長はきつく拳を意切り閉める。
反乱で混乱する国を守るのはクロッカス殿下しかいないと判断だったんだろう。
『王の影』としての役目を優先したのか、劇場に身をゆだねて殿下を殺したくないのが本音なのかはわからないけど、『わからない』ままなら耐えられる。第三者の介入を夢見ることが出来る。
「でも、一番辛いのは殿下なのに。ボクが恨み言をぶつけても、笑って許してくれて……泣き言一つもらしてくれないんだ。それどころか『また身体を乗っ取られたら大変なことになるから、いつでも殺してくれ』って……」
院長は堰を切ったように泣き出してしまった。
今までずっと、言いたくても言えないことを言葉にして感情が溢れてしまったようだ。
でも、クロッカス殿下が『死なないといけない』って言ってた理由はコレか。得体の知れないものに身体を乗っ取られて国民を危険にさらすわけにはいかないという王族としての意識と―――リリーさんを殺してしまったかもしれないっていう罪の意識からなのだろう。
確かにこのまま、現状維持で『わからない』まま過ごすことも出来る。
でも目の前の院長は子どもみたいに泣きじゃくって辛そうだし、きっとクロッカス殿下だって辛いだろう。
中途半端なまま、罪があるのかないのかもわからず宙ぶらりんも辛いなら―――やっぱり真実を知るべきなんじゃないだろうか。
その方が罪に向き合って、贖罪も出来る。
院長はクロッカス殿下を殺すなんて言ってるけど―――殿下の事を考えて泣いている人は、そんなこと出来ないと思う。
だって院長は身内に甘いのだ。私が保証する。
だから18年一緒にいた義兄を殺せるわけがない。
私は動かない足を無理やり一歩踏み出す。
頭の中で―――女の子の泣き声が聞こえた気がした。
そうだよね。スノウは怖いよね。でも向き合わないと―――ずっと怖いままだから。ずっと泣き続けることになるから。
私は院長にもスノウにも、泣いててほしくない。