過去の呼び声
「反乱に乗じて、ここに侵入した人がいるってことですか?」
ここは城の地下で、辿り着くには罠部屋と迷路みたいな地下道を通らないといけないのに、ここまで辿り着ける人間がいるだろうか。
『影』の内部に手引きする人間がいたとしても、案内している間に他の『影』に見つかりそうだけどな。
いくらお城で反乱がおきてても、ここを無人にするようなことにはならないと思う。何より院長がいるんだから、この破壊された扉に辿り着く前に侵入者に気づいて捕まえてそうなのに。
院長を見上げると苦しそうな、悲しそうな顔で壊された扉を見つめていた。
「乗じてってわけじゃなかったんだけど、この奥に行くために無理やり扉を破壊していったのは確かだね」
院長らしからぬ歯切れの悪い返答だ。
様子のおかしい院長に疑問を覚えつつ、質問を重ねる。
「扉を壊した犯人はわかってるんですか?」
「わかってるよ。……クロッカス殿下だ」
「え!?」
予想外の返答が返ってきた。
絶対にそんな事しなさそうなのに。それとも余程の理由があったのだろうか。
驚く私とは逆に、抱っこされているモグラが納得したように頷いた。
「この間、我の封印を書き換えたウィスタリアの末裔か。それならこの扉も破れるだろうな」
確かに神の術式に干渉出来るんだから、扉にかけられた魔法くらい破れそうだけど、そういう問題じゃないんだよ。
信じられなくて再度院長を仰ぎ見る。
「本当にクロッカス殿下がやったんですか?」
「うん、確かだよ。あの時は色々あってね。それも含めて説明するから、ついてきて。そいつは置いてね」
院長がモグラを指さして睨む。モグラも負けじと睨み返す。
埒が明かないので私は二人の視線に割って入って、モグラを地面に下した。
「後で説明するから待ってて。夕食も付けるから」
「……しかたないのぉ。約束だぞ」
モグラは不承不承と言った体で頷いた。
このモグラ、大妖精のくせに食欲に負けすぎでは?
欲に忠実なモグラに見送られ、私たちは壊された扉の先に向かうことにした。
透明な膜のように見える魔力障壁も、院長と一緒に通ると何の違和感もなしに通り抜けることが出来た。
その先にあるのは再び地下に下る階段だ。明かりも何もない。底の方から冷たい風が吹き上げてくるようだ。足元から冷気が這い上がってくる。
『影』の本部も城の地下にあるし、その更に地下深くに何が隠されているのだろうか。
院長が先陣を切って降りていくのについて行く。
階段の先には大きな空間が広がっているようだ。
しかし、その空間に何があるかわかる前に、ふと、院長が私の方を振り返った。
「サクラ……大丈夫?」
「え?」
気が付いたら、体が震えていた。寒さのせいではない。まるで強敵に対峙したように体が強張っている。
私自身は何も感じていないのに、まるで体だけがこの先に行くのを怖がっているようだ。
そんな奇妙な感覚を、私は笑って誤魔化した。
「ちょっと寒いだけですよ。早く行きましょう」
心配そうな院長の背を押して、私たちは先に進んだ。