ラスボス部屋
扉を開けた先にあるのは白くて広いわりに、ほとんど物が置かれていない無機質な部屋だった。
まるでボス戦の部屋みたいだ。
院長が奥にある一段高い位置にある椅子に腰かけると、余計に神聖な存在との対話の後にラストバトルするぞ! みたいな部屋に見えてくる。
……DLCで最終戦の部屋だったりする?
困惑しながら部屋を見渡していたら、見覚えのある声が足元から聞こえてきた。
「待っておったぞ」
見ればモグラが両手を広げて、抱っこしてほしそうにこちらを見ていた。
そういえば土の大妖精の封印を帝国がどうにかするまで、万が一に備えて院長が預かってたんだった。
封印の解除に失敗しても、ウィスタリアに被害が出ないように保険をかけていたのである。大人って汚い。
「久しぶり。封印はどうなったの?」
抱え上げてモグラに聞いてみると、モグラは胸を張ってどや顔した。
「封印は無事に解かれたぞ。見ろ、力が溢れてくるぞ。これなら三百年ほどで元の力を取り戻せるわい」
「良かったね……?」
三百年って凄い時間がかかってるように聞こえるんだけど、妖精からしたらすぐなんだろうか。
感覚が違いすぎてよくわからない。
とりあえず本人が喜んでいそうなので、私はお祝いの言葉を述べるに留まる。しかし院長は納得いかなそうに奥の椅子に腰かけたまま口を挟んでくる。
「封印が解かれても地震は地上に影響がなかった。万々歳の結果だよ。……土の大妖精さまのおかげじゃなくて、ボクや殿下のおかげなんだからね。肝に銘じておいてよ」
「帝国の連中が我の領域に無駄に動き回るのを見逃してやっただろう。さっさと封印を解けばいいものを、無駄な事をしおって。国同士のやり取りなど、我にはどうでも良いのだ。お主らの話に乗ってやっただけ、我に感謝せよ」
「は? 封じられてた分際で偉そうに……」
「ま、待ってください。今は別に話があるんじゃないんですか!?」
このままだと口げんかになりそうなので、思わずストップをかける。
このラストバトルで大技を放っても大丈夫そうな空間なら妖精同士のバトルでも耐え切れそうな気がするけど、私とジェードがいるのだ。巻き込むのは止めていただきたい。
院長は苛立たし気にモグラから目を背けた。
「そうだった。ごめんね、サクラ。そこに腰掛けて。ジェードもね」
そこってどこだろうか。
見たところ、院長が座っている奥の椅子以外に座るところなんてなさそうだけど。
見回していたら、院長が指を鳴らすのが聞こえた。
途端に壁からソファが生えてきた。そのまま滑るようにスライドして私とジェードの横で停止する。
遊園地のアトラクションかよ。どんな仕組みだ?
困惑しながらも院長に言われた通りに座ると、ジェードも恐る恐るといったように私の横に腰かける。
ただしジェードは動くソファより気になることがあったようで、私に小さな声で話しかけてきた。
「サクラ、その……誰かと喋ってたけど、何かいるの?」
あ、そうだった。ジェードにはモグラの声も姿も見えないんだった。
このままでは空気と会話している痛い人に思われてしまう。
「えっと、これは、その……」
慌てて言い訳を考えていると、再び院長が口を挟んでくる。
「サクラは妖精が見えるんだよ。ボクと同じでね」
「そう、なんですか……」
普通、妖精が見えるなんて言っても頭の病気を疑われるが、今は目の前に『雪の妖精』そっくりの院長がいる。その院長が言ってくれたおかげか、ジェードは納得してくれたみたいだ。
助かった。血が繋がってなくても弟に痛い人を見る目で見られたら、立ち直れないところだった。
ほっとしていたら、院長は無表情のままジェードに視線を移す。
「ジェード。お前は気づいてるんだろう? サクラの正体に」