人身売買
私とジェードは院長について罠部屋を抜けると、その先は暗く長い通路が続いていて、その先にいくつか分かれ道が見える。
院長は迷いなく通路を進んでいく。歩いているとわかるが、通路は緩やかな下り坂になっていた。
内部はアリの巣のように通路が張り巡らされているようだ。何度か曲がったり階段を下りたりしている内に方向がわからなくなる。一人では初見で帰れそうにない。
所々で人の気配はするが、人の姿を見ることはない。皆、院長がいるから隠れているのだろうか。
「私がいるのって不自然に思われない?」
無言に耐え切れずに小声でジェードに聞いてみる。ジェードは首を横に振った。
「サクラもあの孤児院出身でしょ。『あの子も影なんだな』くらいにしか思われないよ」
「……やっぱりあの孤児院の子たちって『影』にするために集められてるんだ」
鬱々とした気持ちで呟くと、院長が私たちをちらりと振り返る。
「魔法が使える子は育てるのが大変なんだよ。まず両親が魔法が使えない事が多いからね。子供が泣いたり怒ったりするだけで、窓が割れたり、家の中が水浸しになったり、火事になったりするんだよ。他にも魔法が使えない兄弟や友達の手足を切り落としちゃったり、収入の要である畑を台無しにしちゃったり……。貴族や大金持ちじゃないかぎり、殺されるか捨てられるかだからね。だから、そういう子の情報が入ってきたら、『影』で買い取ってきてるんだ」
「人身売買……!?」
闇から闇が出てきた。
ドン引きしていたら、院長が憮然とした顔になる。
「でも他人に怪我させた賠償金とか家の立て直しとかの費用も必要なら上乗せするし、畑の作り直しと何も作れない間の保証金も出すし、子どものせいで村八分にされてたら引っ越し費用と再就職の斡旋もしてるんだよ?」
「保証が手厚い……。でもそれは親に対してで、子どもに対してはどうなんですか?」
『影』として働かされているのはどうなんだろうか。孤児院にいる皆を思い出して胸が痛む。
そんな私を院長が怪訝そうな顔で見ている。
「ちゃんと魔法の訓練も教育もしてるし、本人の希望と資質を見て、職業もある程度は考えるよ。……もちろん『影』に情報提供してもらうけどね。基本的に引き取った子たちは、魔法が使えるせいで親から虐待されてる事が多い。こっちに恩義を感じて、ちゃんとスパイとして働いてくれる子たちが多いよ」
「結局スパイじゃないですか」
憮然として院長を見つめ返したら、院長も腕を組んで憮然とした顔になる。
「情報提供くらい良いでしょ。大半の子の仕事はそれだけだよ。それ以上はこっちの仕事だからね」
『恋革』でジェードが暗殺とか人殺しとか、大分ダークな事させられてたから、それが『影』のデフォルトかと思ってたけど、どうやら違ったみたいだ。
でもそれで安心はできない。
「大半に含まれない子もいるんでしょう?」
私はちらりとジェードを見た。
ジェードは視線を床に落としていて、こちらを見ないようにしている。
「才能があるから。ジェードは特にね。本人の資質も見て決めるって言ったでしょ」
院長はそう言うと再び前を向いた。
中世的な『恋革』の世界だと『影』みたいな仕事も必要なのかもしれないが、現代人の私からすると反感しかない。
でもこればかりは『王の影』という組織の根幹に関わる事だ。院長を殴ってもどうにもならない。そうしたくないなら、暗殺しないで済む解決策を毎回考えるか、貴族びいきの法律を整備するしかない。
そこでふと、院長が前に言っていた事を思い出す。
「リリーさんが院長と『影』を変えようって言ってたのって……」
「孤児院の事も含めてだったのかもね。この話を聞いて、サクラと同じような顔してたよ」
院長がこちらを振り向かずに答える。
院長は基本的に身内以外は無関心だから、組織のやり方を変える気もないのだろう。変えられるとしたら、院長が話に耳を傾けてくれるリリーさんか―――私しかいない。
でもどうしたらいいのだろうか。私には具体案が何も浮かばない。
眉間にしわを寄せて唸っていると、院長がようやく通路の終わりにある扉を開けた。
目的地に着いたようだ。