謎理論
ジェードは院長を見た瞬間に固まってしまった。
まるで蛇に睨まれた蛙のようだ。
院長が近づいてくるにつれてカタカタと震えているし、冷や汗も凄い。
こんなトラウマの原因をジェードに近づけるわけにはいかない。
私は自分から院長に近づいた。院長は近づいてきた私に上機嫌で目を細めて見ている。対して私は仏頂面で院長を見上げる。
「院長、私を呼ぶなら自分で呼んでください。ジェードが可哀想じゃないですか」
「そう? ジェードにも聞かせたい事もあったから、丁度いいと思ったんだ」
ジェードにも聞かせたい事? なんだろう。
でも振り返ってジェードの様子を見るに、怯えてて話を聞ける状態か不明だ。
私も前世でパワハラ上司と一緒の空間にいるだけで胃がキリキリした記憶があるので、気持ちはわかる。一緒にいるだけでストレスになるのだ。
私は改めて院長に向き直った。
「ジェードには私から伝えるので、あの子は帰してあげてもいいですか?」
「そんな二度手間になるようなことしなくても」
「その方が絶対にいいです」
戸惑う院長の言葉に被せるように告げると、院長は渋々といった様子で頷いた。
「サクラがそこまで言うなら。ジェード、戻っていいよ。サクラはボクと来て。見せたいものがあるんだ」
院長はジェードを一瞥だけすると、笑顔で私の手を取る。
私も色々な罠が仕掛けられていそうな通り道から離れたかったので、素直に院長に着いて行こうとした。
が、院長と繋いでいる手と反対側の手を握られたため、思わず足を止めてしまった。
振り向くと、相変わらず顔色の悪いジェードが私の手を握っていた。
「僕も行く......!」
「ジェード、無理しない方がいいよ」
私が言ってもジェードは首を横に振るだけで、決して私の手を離さない。
ひょっとして、まだ私が院長に虐められていると勘違いしているんだろうか。何回も否定してるんだけどな。
このまま説得していてもジェードは動かなそうだ。私は改めて院長に向き直った。
「すみません、院長。やっぱりジェードも連れて行っていいですか?」
「......当初の予定通りだからいいよ。でもジェードと離れて歩いて。目立つでしょ」
院長は私とジェードを複雑そうな顔で見ている。娘が彼氏を連れてきて、怒っていいのか悲しんだらいいのかわからない父親の顔にも見えるし、発言にもそれが見て取れる。
でも実際には彼氏じゃないし、弟みたいなものだ。院長だって知っているだろう。
心配症な院長に呆れながら、私は院長と繋いでいる手を見た。
「院長と手を繋いでいる方が目立ちますよ。ただでさえフラックス様やジェードを誑かした『悪女』とか噂されてるのに、『影』でも変な噂立ちたくないです」
『影』では冷徹で通しているらしい院長が、ニコニコ笑顔で女の子と手を繋いで歩いてたら絶対に噂される。
私が抗議も含めてじっと院長を見つめていると、院長は仕方がなさそうにため息をついて私の手を離した。
しかしついでとばかりに院長はジェードを一瞥する。
「ボクが離したんだから、ジェードも離しなよ」
院長の圧により、ジェードは震えたまま黙って私の手を解放した。
謎理論を部下に押し付けるんじゃない。可哀想でしょ。