仕掛け部屋
「行こう」
振り返ったジェードに促され、壁の向こうに進む。壁の向こうは下りの階段になっていた。明かりが全くないので、壁が閉じたら真っ暗だろう。魔法が使えないと進むのも危ない階段だ。
階段を降りた先には扉が見える。
ジェードは扉の前に立つと、そのままじっと待つ。ドアノブに手をかけるどころか、鍵穴に鍵を差し込む事もしない。
ただ待っているだけのジェードに思わず尋ねてしまう。
「......ノックしなくていいの?」
扉を開ける鍵を持っていないにしても、ノックもしないで待っているのは不自然だ。
しかしジェードは当然のように頷いた。
「ここは待ってるのが正解なんだ。......ほら、開いた」
ジェードの言葉に呼応するように、扉がふすまのように横にスライドして開く。
ドアノブ的にどう見ても押して開けるタイプのドアだったんだけどな。脳がバグる。
混乱していたら、ジェードが振り返って説明してくれた。
「下手にドアに触ると、上から刃物が降ってきて手首ごと切断されるんだ。この鍵穴もフェイクだよ」
ジェードに言われて改めて扉を観察すると、確かに扉が設置されている真上に不自然な隙間があった。
あそこから刃が降ってくるのだろう。ギロチンみたいに。
アイリスが使った隠し扉は王族が使う事を想定していたから、チュートリアル的な難易度だった。でもこっちは侵入を許さないかの如く、殺意の高い仕掛けだ。
あまりの難易度の差にドン引きしていたら、扉の向こうを何かが横ぎったのが見えた。
暗いし速度も早かったけど、魔法で視力を強化している私にはハッキリ見えた。
「今、向こう側を馬鹿でかい振り子みたいな刃が通り過ぎたんだけど、気のせい?」
「気のせいじゃないよ。何も知らない人間が中を伺うくらいのタイミングで横ぎるようになってるんだ」
首が飛ぶ(物理)じゃん。
ちなみにその刃はいまだに目の前を左右に往復しているし、その奥にも明らかに落ちてきそうな吊り天井や、矢か何かが飛んできそうな窪みが多数見受けられる。
「ここを通らないとダメなの? ほかの道は?」
一縷の望みをかけて聞いてみたが、ジェードは首を横に振った。
「ここを越えられないなら、『影』の本部に足を踏み入れる実力がないって事だから......」
物理的に適正を図るんじゃない。
いや実力だけならまだしも、最初の扉からして人の心理をついてこちらを嵌めようしてくる制作者の底意地の悪さを感じる。
「これ作った人、性格悪いね......」
思わず呟いたら、それを聞き取ったジェードが補足してくれた。
「お城が出来た時からこうだったんだって。でもこのお城って初代国王陛下が建国の際に、雪の妖精と協力して作ったって話だから......」
「初代国王陛下か、雪の妖精の性格悪いって事?」
本当なら知りたくなかった真実だ。
でも『お城を二人で作った』という言い伝えはあるけど、真実とは限らない。土の大妖精の一件でそれを思い知った。
私は帝国とのあれこれを思い出して遠い目になる。
「あくまで言い伝えでしょ。後から追加で増築されたのかも知れないよ」
「そうだね。それよりも、早くここを通り抜けないと」
ジェードはお城の仕掛けには、あまり興味がないらしい。真剣に前だけを向いている。一歩間違うと死にかねない通り道だ。気合いは充分といった顔だ。
でもこんな危ない所、なるべくなら通りたくない。ジェードが万が一怪我をするのも困る。
そこで私は声を張り上げた。
「院長! 私はスリルとかいらないので、安全に行きたいです!!」
私の声が暗闇の中を木霊する。
途端に、中で動いていた刃物達が動きを止めた。同時に、左右の壁についていた石がキラキラと白く光出して、行く道を照らす。
「ボクにとっては見慣れた道なんだよ。サクラは違うもんね、ごめんごめん」
聞き慣れた声に目を向けると、仕掛け部屋の向こうから院長がいつもの笑顔で歩いてくるのが見えた。
試しに頼んでみるもんだな。