望郷
「へぇ、そんなことがあったんだ。ロータス様がいるから、何事かと思ったよ」
日に一度のロータスとの試合の後、モブ君が話しかけてきた。
どうやらロータスがグレイ隊長に修行を申し込んでいる件を知らなかったみたいだ。
私もモブ君と話して癒されたかったので、丁度いい機会だとお互いに訓練場の隅に座り込んで、最近会ったことを話し合う。
モブ君の話は前に会ったストリートチルドレンの子たちと事件を解決したり、王都のお店の話だったり、楽しい話題ばかりだ。
一方私は帝国の皇子と知り合ったり、ダンジョンに巻き込まれたり、土の大妖精と知り合ったりと、他人に話せる話題が少ない。
なので主に聞き役に徹していたが、ロータスの事が話題になるとモブ君は途端に心配そうな顔をした。
「サクラちゃんは前に帝国の皇子様を助けただろ? あれの件でまたロータス様に絡まれてるのかと思ったよ」
「ロータスはそんな性格が悪くないよ。単純に、アイリス女王陛下の為に強くなりたいんだって」
一度アイリスに振られているのに一途なものだ。感心する。
もしかして私がダンジョンで言ったことが影響しているんだろうか。記憶が書き換えられているから、そこらへんがどうなっているのか怖くて尋ねたことはないし、これからも尋ねないけど。
「ロータス様は女王陛下の為に手に手を取って逃げ出せる人だもんね。……まぁ、俺も邪魔した側だけど、応援はしてるよ」
モブ君も感慨深そうに空を見る。私も一緒に空を見上げた。
今日もいい天気だ。
「女王陛下とロータスが逃げ出さなければ、私もあの時モブ君と会ってなかったんだよね」
「そうだね。あの時は焦ってたから、剣を向けちゃってごめんね」
モブ君が改めて謝ってくるので、思わず笑ってしまった。
「いいよ、気にしてないから」
むしろあの後の怒涛の展開で気にする暇もなかった。
私は改めてモブ君に向き直って笑いかけた。
「それよりもモブ君と知り合いになれた方が嬉しいよ」
「うん、俺も……嬉しい」
モブ君がはにかんだ笑みを返してくれる。
圧倒的癒し。心が浄化される。
実家のような安心感に包まれていると、モブ君が何かを思いついたように自分のカバンを漁り始める。
「そうだ。お詫びってわけじゃないけど、良かったらこれ、貰って」
そう言って取り出したのはイチゴとナッツが乗ったチョコレートブラウニーだ。
「そんな、わざわざいいのに」
「実は今日、作りすぎちゃってさ。サクラちゃんがいたら、あげようと思ってたんだ」
照れ笑いを浮かべるモブ君。
え? モブ君の手作り? 女子力高っ。モブ君は男子だけど。
軍人のモブ君に比べて私はこんな洒落たもの、作った事ないぞ。
……いや、妹に手伝わされて一回だけ前世で作ったような気がする。
妹は母に似て、お菓子作りとか好きだったな。
私はものぐさなので、必要なら作るけど食べられればいいし、見た目とかこだわらないからなぁ。
前世を思い出していたら、お腹が鳴った。
思わずモブ君を覗き見ると、いつもの笑顔を返された。聞こえなかったのか、聞かなかったフリなのか。
なんにせよ、ありがたく頂こう。
「ありがとう。凄く美味しそう。ちょうど運動した後だから、お腹空いてたんだ」
「良かった。じゃあ一緒に食べよう」
モブ君と一緒にブラウニーを頬張る。
なんだか懐かしい。前世で妹が作ってくれた味に似ているような気がした。