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成長

 サルファーの皇子にここまで持ち上げられても驕らずにロータスが強さを求めるのは、一度アイリスの件で失敗した後に現実を見たからだろうか。

 調子に乗ると人生碌な事がないからな、と他人事で二人のやり取りを眺めていたら、ふいにグレイ隊長と目が合った。


「そうだな……嬢ちゃんに勝ったら稽古つけてやる」

「えっ」

「わかった」


 ロータスが迷いなく頷く。

 待って。私は了承してない。


「グレイ隊長!? なんで私なんですか!?」


 慌ててグレイ隊長に詰め寄ると、グレイ隊長は頭を掻きながらぼやく。


「ロータスと嬢ちゃん、二人相手は流石に時間が取れねーよ。これでも忙しいんだ。嬢ちゃんに負ければ諦めるだろ」


 色々言ってるけどグレイ隊長、顔に『ロータスの相手をするのが面倒』って書いてあるぞ。

 自分の隊でもないし、アイリスの件で迷惑をかけられたから嫌なんだろうな。

 確かに単純に断ってもロータスの性格上諦めなさそうだし、グレイ隊長が相手をしたら諦めずに何回も挑んできそうだ。それではグレイ隊長が修行をつけるのと同じだろう。


 仕方ない。ロータスがいると私が修行する時間が減るかもしれないから、ここは相手をして穏便にお引き取り願おう。


 私は決心してグレイ隊長に向き直る。


「わかりましたよ。その代わりに、私が負けたらちゃんと修行してあげてくださいね」

「わかったよ」


 グレイ隊長がおざなりに頷く。私が負けるわけがないと思っている顔だ。

 でも攻略対象のロータスがゲームと同じように短期間で強くなっていたら、私も負けるかもしれない。

 油断せずにいこう。

 こっちは命が掛かっているのだ。攻略対象や主人公と違って助かる保証がないモブは、自力で頑張らなければならない。

 DLCが終わったらロータスの修行をつけてもらうように、私からもグレイ隊長に頼もう。それまでは少し待っててほしい。

 ひとまず私たちはロータスと戦うために訓練場に移動した。訓練場にはグレイ隊長の隊が稽古を受けていたり、隊員同士で話しをしたりしていた。でも近衛騎士団のロータスがやってきたせいか、皆こちらを伺って怪訝そうにしたり、ヒソヒソ何かを話し始める。

 グレイ隊長とマゼンダ団長が表向き仲が悪いから、近衛騎士団の人が珍しいのだろう。

 私は以前もグレイ隊長の特訓でここに通っていたので、大体の人と顔見知りだ。

 ロータスは噂されているのを気にすることもなく、グレイ隊長に尋ねる。


「勝敗はどうやってつけるのだ?」

「相手が降参するか、尻もちをついたり倒れたりして有利を取られたら負けだ。単純だろ」

「わかった。……お前もそれでいいか?」


 ロータスが頷いて私に向き直る。


「いいですよ」


 私も了承したところで、訓練場の一角を借りてお互いに少し距離を取って構える。

 周りから注目されている気がするけど、ロータスはやはり気にした素振りはない。貴族として注目されることは慣れているのか、単純に気づいていないのか。


 私としては恥ずかしいので、とっとと終わらせたい。


「では……始め!」


 グレイ隊長の掛け声とともに動いたのはロータスだ。


「ファイアーボール!」


 こて試しと言ったところか。

 今まではあらぬところに飛んで行っていた火の球が、真っ直ぐこちらに複数飛んでくる。

 ちゃんとコントロールできるようになっている。威力も十分そうだ。

 ロータスの成長を見て、ちょっと感動してしまった。

 それはそれとして、私は右手を掲げてロータスの火の球のコントロールを奪い、本人に投げ返す。


「んな!?」


 ロータスは一瞬驚いたが、すぐに動いて襲い来る複数の火の球を避けた。

 不測の事態にも対応できるようになっている。記憶が書き換えられてもダンジョン攻略が生きてるな。

 ただ本命は火の球ではなく、ロータスの注意がそれている間に間合いに飛び込んだ私だ。

 ロータスも私に気づいて剣を向けようとするが。


「遅い!」


 間に合わずに私の掌底を横腹に受ける。

 ロータスは体勢を崩して、勢いのまま横に倒れた。


「勝負あり。嬢ちゃんの勝ちだ」


 嬉しそうにグレイ隊長が告げる。

 私が一礼する間に、ロータスは悔しそうに横腹を抑えながら立ち上がった。


「もう一回だ!」

「えっ」

「戦う回数に制限はないだろう? 次は勝つ!」


 確かに回数は言ってなかったけど。

 私が助けを求めるようにグレイ隊長を見ると、グレイ隊長は驚いたような顔でロータスを見た後に少し考えてから答えた。


「一日一回にしろ。嬢ちゃんだって俺と修行するんだから」

「む……わかった。では、また明日だな! また来る!」


 ロータスは悔しそうな顔は見せつつも、駄々をこねずに颯爽と去って行った。

 その背中を見送ってから、私はグレイ隊長に囁く。


「あれ、毎日来ますよ」

「嬢ちゃんなら楽勝だろ。準備運動にいいだろ。それに……何回も負けてまだ折れないなら、俺も考えを改めるよ」


 グレイ隊長は、何かを思い出しているようにロータスの去った方を見つめていた。

 なんだか知らないが、グレイ隊長の琴線に触れたらしい。


 これならロータスも修行を受けさせてもらえるかもしれない。良かったな、ロータス。


 それはそれとして、ロータスは本当に毎日やってきて私と戦っては負けるを繰り返して行った。


 これ、グレイ隊長より先に私が修行付けてるみたいになってないか?

 ……まあいいか。


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