両国の関係
「何の用だよ」
グレイ隊長が不信感を隠さずに問う。
するとロータスはグレイ隊長に勢いよく頭を下げた。
「頼む! 修行させてくれ! この通りだ!」
凄く既視感がある。さっき私がやった行動と全く同じだ。
グレイ隊長は私の時と同じように、真顔で腕組みした。
「なんで俺なんだよ。お前、近衛騎士団に再入隊できたんだろ? 騎士団の仲間か、団長に頼めよ」
頭を下げたままのロータスは初めて会った時のように、近衛騎士団の白い軍服に身を包んでいる。
土の大妖精のダンジョンをクリアした後、改めて騎士団の入隊試験を受け直したらしい。
あのダンジョンを私がキャリーしてクリアしたのだ。レベルが上がって無事に合格出来る実力が身についたのだろう。
ロータスは一旦頭を上げて、真面目な顔でグレイ隊長を見つめ返した。
「マゼンダ騎士団長に頼んでみたのだが、教えを乞うなら貴殿の方が良いと言われたんだ。グレイ隊長は教え方が論理的で丁寧だからと。マゼンダ騎士団長は『そこはぐっとやってバッと切れば良し!』といった抽象的な教え方しかできないと……」
「ああ……そうだった。ダリアは姐さんと同じタイプだったな……」
グレイ隊長が納得したようにこめかみを抑える。
グレイ隊長とマゼンダ団長って、リリーさんに扱かれた―――もとい、特訓を受けた仲だったんだよね。付き合いが長いから、隊員の指導方法とかも話したことがあるのかもしれない。
グレイ隊長は仕方がなさそうに溜息をついて、ロータスに問いかける。
「俺に頼む理由はわかったけど、お前はなんで強くなりたいんだ?」
「アイリス様の時も、この前のサルファーの皇子の時も、己の実力がまだまだだと痛感することばかりだったのだ。何かあってからでは遅い。俺はアイリス様を―――この国を守れる男になりたいんだ」
ロータスは聞いていて恥ずかしくなるようなセリフを、真面目に堂々と宣う。
真っ直ぐすぎて眩しいくらいだ。流石、乙女ゲームの攻略対象。
中身が30代の私には目に毒だ。
でもロータスのこういうところが、貴族社会で裏切り腹芸当たり前な中で暮らしているアイリスやサルファーの皇子に信頼される要因なんだろう。
サルファーの皇子が帝国に帰る時、私よりロータスに関心が向いていたくらいだ。
私としてはそのおかげで大分助かったんだよね。
ロータスは『暗殺者から助けてくれた』のと同時に『土の大妖精のダンジョンを一緒に乗り越え、大地震の真相を突き止めた』仲だから、好感度がダダ上がりしたのだろう。
皇子はロータスを連れ帰ろうと、形振り構わず金や地位、物や女で釣ろうとしたらしい。全く帝国人と会わない私が噂に聞くくらいだから、相当しつこく勧誘されていたのだろう。
ロータスはアイリス一筋だから、全く靡かなかったけど。
実際は私もロータスと同じ立ち位置だったので、院長が記憶を改変してくれなかったら危なかった。私は貴族でもないから、誘拐してでも連れて行かれていた気がする。
迂闊に常識の違う異国の偉い人と知り合いになるものじゃないな。何かあると、己の腕力だけではどうしようもできない。
ロータスは国内で問題を起こしていても貴族で、アイリスと親しいから直接的な手段に出られなかっただけだ。何かしたら、良い関係にあるウィスタリアと国際問題になりかねない。
これからサルファー帝国の威信をかけて、大地震をどうにかしようという時に、他国と問題を起こしている場合ではないだろう。
実際はクロッカス殿下によって解決してるんだけど。
クロッカス殿下の調査の結果はすでに帝国に渡されている。
『皇子達が通った道とは別の道を発見した。そこを抜けられれば神に認められて地震は起こらないと書かれていた。ただし、サルファーの血族がいないとそこへ向かう扉が開かないようだった』という嘘八百の内容である。
これでサルファー帝国のメンツが保たれるし、ウィスタリアは情報提供者として感謝される。
下手にウィスタリアが解決すると、感謝されるどころか土の大妖精の居所(帝国領土)で勝手な事をするなと難癖つけられる。土の大妖精の居所がウィスタリアのせいで壊れたという(嘘の)賠償金を求められたり、どうやって解決したのか知るために解決した人間を帝国に招く(ウィスタリアに帰すとは言わない)事態になるため、面倒な事この上ない。
帝国は同盟国でも平気で裏切って、喧嘩を売ってくるタイプの油断ならない国だという事を忘れてはならない。
それでもせめて今回の借りで、両国の関係が良好である事を祈ろう。