〇ンパンマン
水晶の中から滑空して舞い降りてきたドラゴンは、こちらを値踏みするように間合いを取った後、院長に狙いを定めた。散々水晶を弾かれて腹が立っていたのだろうか。
背中の水晶を向けたショルダータックルである。巨体のわりに俊敏な動作であっという間に院長との間合いが狭まっていく。
院長はというと、興味なさそうにドラゴンを一瞥する。
「邪魔」
そのまま真正面から拳で迎え撃った。
そんなことをしたら背中の水晶と合わせて体ごとズタズタになりそうなものだが、院長の右ストレートで吹っ飛んだのはドラゴンの方である。
〇ンパンマンかよ。
背中の水晶が粉々になりながら吹っ飛んだドラゴンにグレイ隊長が追撃をかける。
水晶が砕けて脆くなった背中を、炎の纏った剣で容赦なく十文字切りである。
酷い。苛めみたいだ。ドラゴンの悲鳴のような咆哮が洞窟内に響く。
そのまま燃え尽きるかと思ったが、流石最強種のドラゴンだ。もう一度奮い立ち、こちらを睨みつけてくる。背中の水晶もあっという間に再生していく。
一方、院長とグレイ隊長はドラゴンなんて見向きもしていなかった。
「ちょっとグレイ。一発で仕留めてよ。姉さんなら脳天割って終わりだよ」
「うるせーな。お前や姐さんと一緒にするな!」
言い合う二人に向けてドラゴンが背中の水晶を飛ばすが、一瞥することなく綺麗にすべて弾かれてしまった。
可哀想。ドラゴン、涙目である。
あまりに不憫なので、私はモグラに尋ねてみた。
「あのドラゴン、貴方が頼んでお引き取り願えたりしない? 洞窟で一緒に暮らしてたようなものでしょ?」
「竜種は知能はあるが、話の通じない魔物だからな。無理だ」
すげなく断られてしまった。
そうこうしている内に、ドラゴンは暇している私に目を付けた。院長とグレイ隊長にはかなわないと悟ったのだろう。この中で一番弱そうなのは私だ。
ドラゴンは飛び掛かるようにして私との距離を詰め、上体を起こして右前足で殴りつけてきた。
モンスターをハントするようなゲームで見た動作だ。もし避けても追撃で水晶が飛んでくるタイプの攻撃だろう。
なのでここは避けずに殴る。院長に出来て私が出来ないわけがない。
ドラゴンのダイナミックお手と私の拳がぶつかり、衝撃波を伴って吹っ飛ばされたのはドラゴンである。
地面をバウンドして転がったドラゴンは、そのままピクリとも動かなくなった。
「やったね、サクラ! 姉さんに並んだんじゃない!?」
嬉々として走りよろうとする院長を後ろからグレイ隊長が殴る。
「なに喜んでんだよ! どう見ても危なかっただろうが!」
「え~? サクラならあれくらい大丈夫だよ。本当に危なかったらちゃんと助けるって」
「院長って見守ってはくれるけど、ギリギリまで手を出さない主義ですもんね……」
私は二人に歩み寄りながら苦笑いを浮かべる。今までの危険の時も修行の時もそうだった。
院長は真面目な顔で腕を組む。
「それはサクラの実力と信頼の表れだから。ドラゴンと戦うなんて滅多にないし、いい経験になると思って」
「はい。お二人が弱らせてくれたおかげで私でも仕留められました!」
「これでもし次にドラゴンが襲ってきても大丈夫だね!」
「はい!」
院長と和気あいあいと話し合しているせいで、グレイ隊長が死んだ目で呟いたのに気づかなかった。
「嬢ちゃんの教育をアンバーに任せたの、失敗だったな……」
グレイはいの一番に助けに行こうとしましたが、アンバーに馬鹿力で止められました。