やらかしの二乗
殿下の話が途切れると、待ち構えていたように前後左右から熊型の魔獣が襲ってきた。
この魔獣、群れるタイプじゃないはずなんだけど。
疑問に思う間もなく、グレイ隊長がなます切りにしてくれた。
急いでなかったら熊鍋にしたかったんだけどね。残念だ。
一息ついたところで、再び会話を再開する。
「殿下はこの話をどこで聞いたんですか?」
それこそ正妃様やお妃さま直属の使用人くらいしか知らなそうな話だ。
この話が広く知られていたら、殿下の父親も少しは殿下への扱いが変わっていたに違いない。
それに対する殿下の回答は意外な物だった。
「正妃様から直接聞いた」
「え……」
どういうこと? 自分のやった事をわざわざ殿下に伝えたの?
混乱する私に殿下が説明してくれる。
「あの時は不自然に人払いがされていた。恐らく私が話を聞いて正妃様に攻撃するなり罵るかしたところを取り押さえ、私を城から追い出したかったんだろうな。異母弟のために。幼い私が聞いたことを説明しても、子どもの戯言だと思われただろう」
「えぇ……」
貴族社会って怖い。王位継承権がかかっていると益々怖い。
自分の悪事ですら更に利用できる神経が怖いよ。
そこで院長が補足として口を挟んでくる。
「殿下は昔から優秀でしたからね。それに比べて異母弟君は凡庸な方でしたから。少しでも邪魔になりそうなら排除しておきたかったんでしょう」
「そうだろうな。……私は子どもだったから、そういったたくらみに全く気付かなかった。だから『正妃様や異母弟が呪われなくて良かったと思います。私が役に立てたなら光栄です。正妃様』と笑顔で答えてしまった」
「殿下も殿下でどうなんですか?」
そこで怒らないのは怖いよ。子どもだったんでしょう?
そこでグレイ隊長が溜息を付きながら少しだけ振り返る。
「殿下は人の気持ち……というか、欲とか負の感情が今一理解できてないですよね。それに何の裏もなく人を助けるから、逆に何か企んでるんじゃないかとか、気味が悪いとか思われるんですよ。それもウィスタリアの血が濃いからかもしれませんけど」
「神の血の弊害がそんなところにも……」
『神の血』なんてもっといい影響がありそうなものなんだけどな。現状呪われるわ、人に誤解されるわで、不利な要素にしかなってない。
私は思わず腕を組んで唸っていると、クロッカス殿下が首を横に振った。
「私の事はどうでも良い。問題は、サクラが私の血を引いていることだ」
「え、私……?」
完全に他人事として聞いていたのに、急に焦点を当てられて困惑してしまう。
クロッカス殿下は後悔と懺悔からか、私から目を逸らす。
「母と私に影響が出ている。私の子どもにも影響が出てもおかしくない。……スノウの時は、何もおかしなことはおきなかったんだが……」
「ボクが見てもサクラは殿下と違って呪いなんてかかってませんよ。かかってないと……思うんですけど……」
院長が何かを探るようにじっとこちらを見つめて首を傾げている。
このところの事件の巻き込まれ率を考えると、本当に呪われているのかもしれない。院長が見えないステータス画面とかに書いてあるんじゃないだろうか。デバフとして。
『恋革』に巻き込まれてるのも呪いのせいなのか?
思わず頭を抱えると、追い打ちのように院長から補足が入る。
「ついでに言うと、初代国王陛下の棺を壊して目玉をえぐり出したボクのお祖父様は、当たり前だけど姉さんのお祖父様でもある。つまり君の血縁だよ」
「やらかしの二乗が私の血に流れている……!?」
『恋革』が終われば平穏が訪れると思っていたのに、神の呪いまでデバフでついてたら困る。
ゲームなら攻略法があるってわかってるからいいけど、現実では攻略法も何もない。唐突に起こる不幸に対応するなんて無理ゲーだ。
それにクロッカス殿下の呪いも出来れば解いてあげたい。殿下が悪いわけじゃないんだし、せっかく『恋革』が平和に終わったんだから、殿下もこれからは平和に過ごしてほしい。
呪いが解ければ私も平和に過ごせて万々歳だ。
おそらくだけどこの呪いは、クロッカス殿下がラスボスとして設定されるさいに付与されたものだろう。ゲーム内にもイベントとかで説明が出ていたのかもしれない。
でも『恋革』では、和解ルートはあってもクロッカス殿下の問題は解決していない。
殿下は大体追放か死ぬかの二択だ。
なんせ攻略対象ではなく敵側だから、救済がないのだろう。ラスボスと恋仲になるルートとかありそうなものだけど、クロッカス殿下はアイリスと伯父姪の関係だ。それで恋仲になるのは倫理的にダメだったのかもしれない。
側近二人も同様だ。和解しなければ二人とも死んでしまう。
いや、思い出せ。確か妹が―――。
『アンバーは絶対死んでないよ! グレイは戦闘後に自死するシーンがあるし、ラスボスも毒配を飲むシーンがあるのに、アンバーだけ高い塔から飛び降りた後の描写ないんだよ! 絶対生きてるって!』
『考えすぎじゃない? 作者はそこまで考えてないよ』
『そんな事ないって! 絶対今度出るDLCで出てくるよ!』
今考えると、妹の言葉は正しいと思える。
だってアンバーは院長だもんね。高いところから飛び降りたくらいで死ぬわけがない。
しかしそれよりも重要な事を思い出した。
DLC……だと……?