英雄譚は望めない
ものすごく闇深い話を聞いてしまった。
神の力を得るために神を食べる話って前世でも聞いたことがあるけど、本当にやる人はいないだろ。しかも目玉とか無理だわ。いや、無理だからこそ嫌がらせも兼ねて側室に食べさせたんだろうけど。
私がドン引きしている間にクロッカス殿下の話は続いている。
「母は『それ』を食べた日から様子がおかしくなったらしい。あり得ないものが見える。聞こえない声が聞こえる、と。食事も喉を通らなくなり、日増しに弱って……弱った体が出産に耐えられず、私を生んで亡くなった」
殿下の父親は目玉の事を知らないから、殿下が生まれたことで側室が死んだと思った。だから殿下は嫌われ、遠ざけられてしまったのだろう。
そして正室のお妃さまはその後、国王陛下との間に息子を授かる。それが殿下の異母弟で、ゲームの主人公であるアイリスの父親だ。
結果としてアイリスの父親が国王になって、今のアイリスに続いているのだから、お妃さまの大勝利ともいえる。シアン侯爵の反乱がなければ、その地位は今も不動のものだったはずだ。
しかしここまで聞いてもやはり疑問は残る。
「見えないものが見える様になったり、クロッカス殿下が呪われたり……本当にウィスタリアの目だったということですか?」
「違うよ」
間髪入れずに院長に否定された。院長を見上げると、彼も今の話に嫌悪感があるらしく、眉をひそめたまま言葉を続ける。
「おそらくだけど、その目はウィスタリアの物じゃなくて、その息子である初代国王陛下の物だ」
再び歩を進めながらも、今度は院長が説明してくれた。
「『王の影』……というか、ボクの家では色々な物が保管されててね。その一つに『初代国王陛下の遺体』があるんだ」
「なんでそんなものが?」
普通は霊廟とかで祭られてるものだろう。ウィスタリア王国を建国した初代様なら特に。
私の疑問に院長は肩を竦めた。
「必要だったから、かな。ボクも見たことあるけど、棺にダイアモンドが散りばめられてるし、ウィスタリア王家の家紋と雪の妖精まで描かれてる豪華な物だ。顔の部分だけうっすら透けて見える仕様だったんだけど、そこから見える遺体はまるで眠っているように綺麗だったって言われてるんだ」
『だった』が多いな。嫌な予感しかしない。
「もしかして……」
「ボクのお祖父様が無理矢理開けちゃったんだよ。当時の女王陛下にウィスタリアの体の一部を持って来いとか無茶を言われたんだって。ウィスタリアの息子である初代国王陛下なら一番血が濃いし、腐らない肉体だからウィスタリアの物だと誤認させやすいと思ったんだろうね」
罰当たりにもほどがないか。自分のごまかしの為に遺体を損壊するな。しかもなんで目玉なんだよ。他にもあるだろう。いや、指とかでも嫌だけど。
院長は少し残念そうに溜息を吐いた。
「ただ、棺をこじ開けて目玉を取り出した途端に、魔法が解けたみたいに遺体は骨になっちゃったんだけどね。今残ってるのも、棺と骨だけだよ」
「実際、何か魔法がかけられていたんだろうな。私も実物を見てみたかった」
クロッカス殿下も残念そうに呟く。
初代国王陛下の腐らない遺体なんて、聖遺物みたいな物だもんな。見てみたいのはわからなくもない。
殿下は再び真面目な顔に戻って、話を続けた。
「ただ、ウィスタリアにとって初代国王陛下は最愛の一人息子だ。その眠りを妨げ棺を暴き、さらには遺体を損壊して砕いて飲んだとなると……怒らない方がおかしいだろう」
「向こうは神様ですから、寿命とかないですしね」
グレイ隊長がぼそっと付け足す。
そんなことされたら神様でなくても怒るよね。頭では理解できたが、納得がいかない部分もある。
「それでクロッカス殿下だけ呪われたんですか? 他にも呪われそうな人、いくらでもいそうですけど」
「正妃様は直接何もしていないからだろう。目玉を砕くのも飲ませるのも、使用人か誰かを使ったはずだ。私のおばあ様の病はもしかしたら……ウィスタリアの呪いによるものかもしれないがな」
殿下は少し申し訳なさそうな顔をする。ひょっとしたら、呪いで死んだ使用人の話とかも聞いているのかもしれない。
「じゃあ『ウィスタリアの力を得る』っていうのは失敗だったんですね」
殿下の母親は色々『見える』ようになったみたいだけど、ただ見えるだけじゃ悪影響なだけだし、殿下はウィスタリアから呪われている。大失敗にしか見えない。
しかし院長は難しそうな顔をして首を横に振った。
「確かに根拠のないオカルトじみた方法だけど……成功はしてるよ。殿下、呪われててわかりにくいけど、神の血が凄く濃いんだ。半神―――それこそ、初代国王陛下くらいにはね」
そう言って院長は何かを見透かそうとするようにじっとクロッカス殿下を見つめる。
殿下はやれやれと言ったように院長に手を振った。
「そんなものになんの意味がある。そんなものがあっても現代では活用できない。呪いを振りまいて、周りを不幸にするだけだ」
そこまで話を聞いて、ようやく納得したように私の腕の中のモグラが口を開いた。
「なるほど。それなら役に立ちそうだな。それだけ濃いなら神の作った術式にも干渉しやすいだろう」
殿下が自分で行きたがったわけはこれか。確かにここまで聞くと殿下が適任な気がする。
ただ、その血の濃さより呪われてるのが難点なんだけど。
そこで私は再び殿下に質問した
「自分で呪いを解いたり出来ないんですか?」
「出来ないな。なんせ私の生まれる前……神からすれば瞬きの時間の事だ。今回のように古から時間がたっていれば綻びも出来るが、私の呪いは最新のものだ。死ぬまで―――死んでも解かれないかもしれない」
クロッカス殿下は一度言葉を切って、諦めたように笑う。
「神に対抗できるのは基本的に同じ神だけだ。私には許されるのを待つくらいしか出来ない。もし神の呪いを打ち破るものがいれば、それは英雄と呼ばれる選ばれた者だ。―――私はいつも選ばれない方だからな」
悪役は選ばれない。英雄になるのは主人公だから。