不幸体質EX
気が付くと私たちはダンジョンの中に立っていた。気絶する事なく移動できたのは、土の大妖精たるモグラのおかげだろう。腕の中でモグラが褒めてほしそうにこちらを見ている気がするが、気のせいだろうか。
表情が分かりにくいモグラを見つめていると、隣に立つクロッカス殿下が話しかけてきた。
「サクラ。早速だが案内を頼めるか」
「はい。お任せください」
頷きながら辺りを見回す。洞窟内だから場所の違いがわかりにくいが、モグラの言った通りに前回と同じスタート地点みたいだから大丈夫だろう。
前みたいに同行人を守りながら、慎重に進まなくて済むだけでだいぶ違う。
もし謎解きギミックが復活していても、この前攻略したばかりだから覚えているし、本当に楽勝だ。
隊列としてはグレイ隊長が前で、真ん中に私と殿下。後ろに院長だ。
安心しかない。
今までの波乱万丈のたたきの記憶が脳内を駆け巡る中、先陣を行くグレイ隊長が真面目な顔で注意してきた。
「嬢ちゃんは案内に集中してくれ。俺の前に出るんじゃねーぞ」
「そんな無謀なことしませんよ」
「そうそう。サクラが出る前にボクが片付けちゃうから。どこから敵が沸いても対応できるから安心してね、サクラ」
後ろから院長がウィンクしながら答える。
あざとい。相変わらず自分の顔の可愛さをわかってやっている。
呆れていたら、殿下がやれやれと言うように肩を竦めて口を開いた。
「気合を入れすぎて洞窟を崩落させるなよ、アンバー」
「はーい」
院長は軽く受け流してるけど、実際に出来るんだよな。
私や殿下がいるからちゃんと加減するだろうけど。……加減……するよな……?
一抹の不安を抱きつつ、私たちは一歩を踏み出す。
途端にワイバーンの群れが飛び掛かってきた。
早いよ!!
思わず叫びたい衝動に駆られたが、私が叫ぶ間もなくグレイ隊長が剣を抜く。
力強くも風のような一閃。それだけで、ワイバーンの群れは全て地に落ちた。
グレイ隊長は淡々と何事もなかったかのように剣を収めて歩き出す。
殿下も院長も、ワイバーンに対して小石でも蹴とばしたくらいの関心しかない。
同行者が全員強いって頼もしいな。当たり前の事なんだけど、今までが今までだったせいで感動してる。
その後も信じられない数の蝙蝠型の魔物に襲われたりしたが、院長が指を鳴らすと全て吹き飛んだため、何事もなくダンジョンを進んでいる。
グレイ隊長と院長は周囲に気を張っているからか、口数も少なめだが緊張している様子はみじんもない。油断はしていないが、自分たちの実力に自信があるんだろう。
対してクロッカス殿下は―――なんというか、楽しそうだ。野山を冒険する子供みたいな目で、辺りを興味深そうに見ている。
王族だもんね。普通、ダンジョンどころか洞窟も中々お目にかかれないに違いない。
それはそれとして、あまりに楽しそうなので洞窟探検をしたいがために同行してきたんじゃないかと錯覚を起こしそうになる。側近二人がいるからって気を抜きすぎじゃないか、このラスボス。
そんな事を考えながら殿下を見ていたら、急に私と殿下の足元の地面が崩落した。
は??? グレイ隊長が先に歩いていた時は大丈夫だったのに???
クロッカス殿下も私も、まさか地面が抜けるとは思わず完全に気を抜いていたため、そのまま落ちる―――寸前に、背中を掴まれて引っ張りあげられた。
気づけば後ろを歩いていた院長に、片手で米俵みたいに抱えられていた。ちなみに私と反対の手には殿下も抱えられている。
一瞬の出来事で思考が停止してしまっている私と違って、クロッカス殿下は申し訳なさそうにアンバーを見上げた。
「すまん、アンバー。助かった」
「いえ、いつもの事ですので」
淡々と、業務的に返す院長。
なるほど、いつもの事だからグレイ隊長も院長も驚いてないのか……。
「いつもの事ってなんですか? 歩いてると地面が崩落することですか??」
思わず抱えられたまま、ツッコミを入れてしまった。
そんな私を地面に下しながら、院長は諦めてような溜息をつく。
「殿下にはよくあることなんだ」
「ああ、そうだな。たまたま寄りかかった柵が外れたり、地面が陥没したり、階段のタイルが割れて滑ったり―――よくあることだろう?」
「ないです」
困った顔の殿下を否定する。流石の私でもない。
ドン引きしていたら、グレイ隊長が私の近くに来て溜息をつく。
「まぁ……なんていうか……殿下は呪われてるせいか、よくあるんだよ。こういう不幸に」
「よく生きてましたね」
毎日危険と隣合わせじゃないか。しかもこういう事故だけじゃなくて、殿下を殺そうとする人為的な物も含まれているだろう。命がいくつあっても足りない。
私の表情を見て、わかってくれたかという顔で側近二人が頷く。
「本当は一歩たりとも外に出ないでほしい」
「殿下はああいう性格だからな……。姐さんとお嬢がいた時は大人しくしてくれてたんだけど」
グレイ隊長と院長は同時に深い溜息をつく。
二人がなんだかんだ仲がいいのって、こういう苦労を共にしてるのもあるのだろうか。
一方でクロッカス殿下はいまだに院長に掴まれたまま、申し訳なさそうな顔をしている。
「二人ともすまない。サクラも危険な目に合わせてすまなかった」
「いえ……あの、偶然ですから……」
私と殿下が話している間に、院長はそっと殿下を地面に下した。爆発物を置くかのような慎重さである。
ようやく地に足をつけたクロッカス殿下は、土埃を払いながら院長を見やる。
「アンバーが傍にいると、あまりこういうことは起こらないから油断していた」
「ボクがいれば、神の呪いでもある程度は緩和されますからね」
答えながらも院長は私と殿下を交互に見ている。
なんだ? 私が居るから確率がアップしたとでも言いたいのか?
うっかりそれを尋ねて肯定されたら、院長と拳を交えて会話しないといけなくなるのでここは抑える。今はそれより気になることがあったからだ。
私はクロッカス殿下を伺うように見上げる。
「その……『神の呪い』とはなんでしょうか?」
「……あまり楽しい話題ではないが……サクラには話しておこう」
クロッカス殿下は一度瞼を伏せてから、私に藍色の瞳を向ける。
「私は生まれた時から……いや、生まれる前から、『ウィスタリア』に呪われているんだ」