偽りの姿
「アンバーが本当の名前だよ。ボクの名前を知ってる人間なんて身内しかいないからね。正確にはアンバー・ホワイトだから、君に使ってた『ホワイト』も嘘じゃない」
「そうだったんですか……」
「だから今度から二人の時はアンバーって呼んでね」
院長は嬉しそうにニコニコと自分を指さす。
『アンバー』は執事の方だったから、院長をそう呼ぶのは違和感が半端ないな。慣れたらでいいか。
私の心を知ってか知らずか、院長は腕を組んで難しい顔をする。
「ボクもサクラには名前で呼んでほしかったんだけど、殿下の執事してる方が有名になっちゃって……。バレたらマズイと思って、ずっと『院長』か『ホワイト』で通してたんだ。ごめんね」
『ホワイト』なんて絶対偽名だと思ってた。姓ならまだ納得だ。
しかしそれならそれで疑問が残る。
「なんで本当の名前を偽りの姿の時に名乗ってるんですか?」
そして本来の姿の時には自分の名前を隠している。まるであべこべだ。
私の問いに、院長はアンバーがかけていた眼鏡を見せながら答える。
「この姿は姉さんが殿下と一緒に帰ってきた時に、姉さんの傍に居るために作ったんだ。でも姉さんに違う名前で呼ばれたくなかったから、名前はそのままにしたんだ。―――殿下の所からさっさと連れて帰ろうと思ってたし」
そう言って院長は、複雑そうな顔で殿下を見やる。
まさかそれが18年も続くとは思ってなかったのだろう。
乙女ゲームの世界だけあって、恋愛パワーには院長も勝てなかったと見える。
一方のクロッカス殿下は院長の目線を受けてふっと笑った。
「だからと言って私の記憶を消そうとするのはどうかと思うぞ」
消そうとしてたんかい。
思ったよりリリーさんを連れて帰る気満々だった。呆れて院長を見ると、院長はむくれた顔をする。
「姉さんとの記憶を消したら、秒で気づいて自力でボクの術を解除してきたのは殿下じゃないですか! その後に『消し方が雑』とか批判してくるし! 酷くないですか?」
「酷いのは記憶消したお前だよ」
グレイ隊長の冷静なツッコミが冴える。
消そうとしてたどころか実際に消してたわ。
確かにこれは殿下じゃなかったら楽にリリーさんを連れ帰れたんだろうな。院長の誤算は恋愛パワーじゃなくて、殿下の実力だったわけだ。
院長はグレイ隊長の言葉を気にせずに、殿下に笑顔を向ける。
「でも殿下は批判の後に改善案と人格に悪影響って副作用もちゃんと教えてくれたし、結果的に今の記憶を書き換える魔法になったから感謝してますけど」
「なんで記憶を消した相手をパワーアップしてるんですか?」
副作用を教えるのはわかるけど、改善案を教えるな。
殿下は自力で解除できるからいいかもしれないけど、ほとんどの人はそんな事できないからな?
今度は殿下に非難の眼差しを向けると、殿下は少し困ったような顔をして笑った。
「私は昔から魔法が好きだったんだ。ただ、周りに話の合う人間がいなくてな。アンバーは言えばわかってくれるし、即実践できる実力もあるから、教えるのも話すのも楽しくてつい……」
「ボクも妖精から失われた古代魔法とか教えてもらってたから、殿下に教えてあげてたんだよ。まぁ殿下はそこから改良してすぐに新しい魔法を作っちゃうんだけどね」
そう語る二人は懐かしそうで、なにより楽しそうだ。
単純に馬が合って仲良くなったんだな。
魔法の改良とか実践なんて、そんなホイホイと出来る物じゃない。二人とも天才だから話が合うのであって、普通は教えられただけで魔法なんて使えない。魔法の改良や新らしい魔法を作るのも、十年単位でかかるものだ。
それで作られたものが帝国との戦で使われたゾンビ魔法か。ヤベーな、この二人。
しかもそれが作られた魔法のほんの一部分な気配がしてドン引きしていると、クロッカス殿下が憂鬱そうな溜息をはいた。
「昔と違って、今は忙しくてそんな時間も取れないがな」
それに同意するように院長が頷く。
「ボクも殿下の右腕と『王の影』のトップやってるから忙しくて……」
「忙しいに決まってるじゃないですか」
なんでその二つを掛け持ちしようと思った。無理がある。