大事故
院長は生まれてからは喋れないと思われて無視され、妖精が見えるとわかってからは強すぎて恐れられてた。だから力で支配する妖精の常識の方が根底に根付いてるんだろう。
『王の影』にいて、特殊な環境だったのもあるだろうけど。クロッカス殿下も言ってたな。
そこで改めて院長に尋ねてみる事にした。
「やっぱり院長が『王の影』を取り仕切ってるんですね」
「そうだよ。ボクらのご先祖さまがウィスタリアの血を守るために作ったのが始まりだって言われてるんだ。......おかげでこんな仕事しなくちゃいけないんだけど、役目だから割り切ってるよ」
院長は心底嫌そうにため息をつく。
やりたくない仕事なのは本当なんだろうが、私は『王の影』に関して言いたい事がある。
「嫌だからってパワハラに走るのはよくないと思いますよ。ジェードなんかトラウマになってるじゃないですか」
「パワ......なにそれ」
素で首を傾げられてしまった。
パワハラの概念もないのか、この世界。なんちゃって中世の乙女ゲームだもんな。
「えっと......仕事内容に関係なく、身体や精神に害を与える事......ですかね」
私の説明もふわっとしている。改めてパワハラを説明するのって難しいな。
院長は少し考えてから困惑したように改めて私を見た。
「ボクはお祖父様やその前からの規則を踏襲してたんだけど、ダメだったの?」
「えっ」
「逆らう気力が沸かないように、最初に親しい相手と殺し合わせて心を折っておくとか。ちょっと可哀想だとは思ってたんだけど、慣習なら仕方ないって思ってたんだけど」
院長は本当に困惑している。子どもが虫の羽を千切って怒られたのに、怒られた理由がよくわかってない顔と同じだ。
これは院長の生い立ちと環境と仕事が重なって大事故起こしてるやつだ。
私は真顔で院長の両手を掴んだ。
「院長、今すぐやめましょう。組織改革した方がいいですよ」
「え。サクラがそんなに言うほどダメ......?」
「ダメです。是非クロッカス殿下を参考に体制を見直して下さい」
そこまで言ってようやく飲み込んだのか、難しい顔をしたまま黙りこんでしまった。
組織体制なんてそう簡単に変えられるものじゃないけど、クロッカス殿下という良い見本があるし、院長も何でも出来ると豪語しているくらいなんだから頑張って欲しい。
そして黙りこんでしまったところで悪いが、院長を捕まえている間に聞きたい事がまだある。
「それで、ジェードの事なんですけど」
「え!?」
院長の肩が跳ねる。目もキョドっているが知った事ではない。逃げられないようにしっかり手を掴んだまま問う。
「ジェードのせいじゃないのに、大蜘蛛の群れに突っ込ませるなんて何考えてるんですか。あれも規則だったんですか!?」
あれから攻略対象と関わって色々巻き込まれるようになってしまったのだ。
最初は私がチュートリアルを邪魔した事が原因かもしれないが、あれは院長のせいだ。今でも忘れてないぞ。
院長は何故か数度瞬きすると、ボソリと呟いた。
「なんだ。そっちか......」
「え?」
「なんでもないよ、サクラ」
先程までの動揺はどこへやら、院長はにっこりと笑顔を向けてきた。
「ジェードはあれくらいクリア出来ると思って。あの子は才能があるから、期待してるんだ。ボクの後を任せても良いと思ってるよ! 期待し過ぎてちょっと厳しくしすぎちゃったかな?」
嘘偽りない純度100%の笑顔で言い切られた。
そうだ。この人、脳筋だった。そして強すぎるほど強い人だった。
「自分基準で考えるな!!」
思わず顎にアッパーを入れてしまったが、許して欲しい。
これは院長が悪い。