盗聴器
院長が取り出したのは土の大妖精と戦ったフィールドに生えていた水晶だ。
こぶし大の水晶を院長が指で叩くと、そこから音声が聞こえてきた。
『以上が私の体験した出来事だ。これは我が国に限らず、大陸の危機でもある。証拠として、土の大妖精から頂いた水晶もある』
この声はサルファーの皇子様の声だ。
本当に会議の音声が聞こえてきているらしい。
「なんでこの水晶で会議の様子が聞こえてくるんですか?」
「ボクがサルファーの皇子の持っている水晶とこの水晶をリンクさせてるから。これで帝国側の話は筒抜けだし、妙な事を企んでもすぐわかるから一石二鳥でしょ?」
盗聴器じゃん。
どうやら院長が持ってきた水晶は一つだけじゃなかったようだ。
悪気も何も感じていないような院長に呆れた目線を向けていると、サルファーの皇子の話が耳に入ってきた。
『この水晶は土の大妖精に認められた証として貰ったものだ。伝承通り、持っているだけで力が溢れてくるような代物だ。偽物とは言わせない。そして土の大妖精直々に、地震から大陸を守ってほしいと頼まれたんだ』
「……随分と話が変わっているな」
モグラが食べるのを止めて首を傾げる。
それに対して院長が肩を竦めた。
「仕方ないでしょ。ボクとサクラの存在を記憶から抹消するだけだと、色々不自然になっちゃうんだ。だから土の大妖精サマと戦って分かり合ったように記憶を修正したの。地震の事もそっちから依頼したようにしたから、そっちから変に帝国に干渉しないでよ?」
大妖精だけとはいえ妖精が見える私の存在もそうだが、院長の存在も帝国にバレるとマズイだろう。なんせ、生きてる人間として院長は相当オーバースペックだ。
帝国に勧誘されるならまだしも、その力を元に国内外で不安を煽って恐れられ、内乱やら戦争やら起こされたらたまったものじゃない。そうして国力が弱ったところを帝国が攻めてきて領土を取られる―――
というのも帝国の常套手段である。
なので、私のゲームの知識を生かして土の大妖精戦後の会話をオマージュして記憶を改変してもらった。
その結果、皇子はロータスとダンジョンを攻略し、土の大妖精から地震の件や封印について頼まれたことになっている。
モグラは不満そうにじっと院長を見つめた後に口を開いた。
「……それで我の力を取り戻せるなら良いが、封印を解かなければ許さんぞ」
「わかってるよ」
モグラは凄んでいるようだが、見た目がモグラなので全く怖くない。
院長も全く怯えた様子を見せずにおざなりに頷いている。
それを見てモグラは改めて私に目を向ける。
「しかし、お前も人間なのによくコイツと普通に話せるな。記憶を改ざんできるような奴だぞ。騙されてるんじゃないか?」
「ボクがサクラにそんな事するわけないでしょ。記憶なんて繊細な物弄ったら、人格に影響あるかもしれないんだよ。大事な人にそんな事しないよ」
「初耳なんですけど???」
記憶を改変出来るって言うから頼んだけど、そんな副作用が起こる可能性があるのか。
絶対に今回限りにしよう。
そんな会話をしている私の耳には、水晶から零れた皇子のつぶやきは耳に入らなかった。
『だが、何か忘れている気がするんだ……大切な……何かを……』