軽食
目を覚ますと夕方になっていた。
眠い目をこすりながら上体を起こす。辺りを見回してようやく、ソファで寝落ちしたことに気づいて一気に頭が覚醒した。
こんな場所で寝落ちするなんて、疲れてたにしてもバレたら怒られそうだ。
傍らにいたモグラもいなくなっている。
モグラはサルファー帝国に恨みがある。変に問題を起こされたらたまったもんじゃない。
慌てて探しに行こうと立ち上がったら、フードを被った院長が部屋に入ってきた。
「サクラ、どうしたの?」
「あ、院長! モグラ……土の大妖精を見ませんでした? 目を離した隙にいなくなってしまって……」
院長は目をパチクリさせながらフードを取ると、私を安心させるように微笑んだ。
「ああ、土の大妖精なら向こうの部屋にいるよ。ボクが持ってきた人間の食事に興味があるらしくて」
そう言って院長は自分が入ってきた扉を指さす。
「なんだ。そうだったんですね」
ホッとするのもつかの間、それだと院長に私が寝てたのもばっちり見られていることに気づいた。
ちらっと伺うように院長を見上げると、彼は察したようににっこり笑顔を向けた。
「疲れてたんだね。殿下とグレイには内緒にしておいてあげる」
自分の人差し指を口に当てる院長。そんなポーズまで可愛く見える。
でも居眠りしたことはクロッカス殿下はともかく、真面目なグレイ隊長には注意されそうだから助かった。
「お腹が空いてるでしょ? サクラもおいでよ」
院長に手招きされ、私は初めて執務室の隣にある控えの間に足を踏み入れた。
執務室に比べるとかなり簡素だ。テーブルと椅子くらいしか目につく家具がない。
テーブルの上にはサンドイッチやクラッカー、ジャムに果物など軽く食べられる物が並べられている。
さっきまで寝てたから、まだ胃が動いていない。軽食で良かった。
軽食の横には、テーブルにちょこんと座ったモグラがサンドイッチをもしゃもしゃと食べていた。モグラは入ってきた私を見て、一旦手を止める。
「お、起きたのか」
「ちょっと。勝手に食べないでよ。サクラに用意したものなんだけど」
院長が目くじらを立ててモグラを摘まみ上げて続ける。
「そもそも妖精は食事なんて必要ないでしょ。自然の魔力を取り込んで生活してるんだから」
「人間の食事に興味があると言っただろう。必要ないと言っても我々にも味覚はあるからな。栄養にならなくても美味いものを食べたい」
モグラは摘まみ上げられているのを意に関せず、手に持ったサンドイッチを食べ続けている。余程美味しかったらしい。
一方で院長はまだモグラを睨みつけている。
「それはボクがサクラの為に作ったの。これ以上食べないで」
「院長の作った物は何でも美味しいですから、仕方ないですよ。私も起きたばかりで全部食べられないですし」
弱っていても大妖精と喧嘩になるのはまずいんじゃないかと思ってフォローを入れる。
院長もめちゃくちゃ強いし、二人が喧嘩したら軽く天変地異が起こりそうで怖い。
院長はちらっと私を見ると、仕方なさそうに溜息をついた。
「サクラがそう言うなら仕方ないな。許してあげる」
そう言ってモグラをポイっと放り投げた。
モグラはそのままべちゃっとテーブルに落下する。
扱いが雑。
文句を言いそうなモグラの口にイチゴを突っ込んで黙らせた後、私も院長に促されて椅子に座る。
心の中で『いたたきます』を言ってクラッカーを手に取る。ジャムを塗って食べるのをモグラがじっと見ているので、同じようにジャムを塗ってモグラに手渡すと目を輝かせていた。
美味しかったらしい。良かったね。
それを見ながら当然のように隣に腰掛けた院長が話しかけてくる。
「中途半端な時間にあんまり食べると夕食が食べられなくなるから、今はこれで我慢してね。後で殿下が帰ってきたら一緒に夕食にしよう」
「……ひょっとして、この後食事会が予定されてます?」
「食事会なんて大げさな物じゃないよ」
院長は何でもないようにニコニコしてるけど、殿下がいる時点で大げさな物なんですよ。マナーに気を遣う食事を回避できたと思ったのに。
殿下と食事するのが嫌なわけじゃないんだけど、今日は疲れててどんなミスをするかわかったものじゃないから、何とか回避しようと糸口を探すために口を開く。
「殿下はいつ戻られるのですか? 女王陛下に呼び出されていましたが……」
会議が長引きそうなら帰ってもいいんじゃないかと思うんだけど。わずかな希望を託して院長を見つめる。
すると院長はにこやかに頷いた。
「じゃあ会議の様子を聞いてみようか」