食事会キャンセル
いつもお世話になっている二人に適当を言った良心の呵責に苛まれていると、限界を迎えたのかお腹が鳴った。
確かにダンジョンで休めなかったし、食事も取れなかったけどさ。クロッカス殿下の前で二回目だよ。恥っず。
二人の耳に聞こえていないことを祈ってちらっと殿下の顔色を窺うと、彼はにこやかに口を開いた。
「そうか。サクラは半日以上、何も食べていないのだな。気が利かなくてすまない。今、用意させよう」
バッチリ聞こえてた。
このままでは殿下の中で私のイメージが腹ペコキャラで確立されてしまう。
私は慌てて首を横に振った。
「大丈夫です。帰って休んでから食べますので……」
「そう言うなよ。殿下だって嬢ちゃんがいなくなってから心配で何も食べてないんだ。そもそも普段から殿下もアイツも忙しさにかまけて食事を疎かにしがちなんだけど。軽食でも一緒に食べて行ってくれると助かる」
「グレイ、余計な事を言うな」
クロッカス殿下がグレイ隊長を睨むが、睨まれた本人は謝りつつも反省してない顔である。
忙しいのに私の事で煩わせてしまって申し訳ない。
でも子供がいなくなったら心配で食事も喉を通らないのは親心からなのだろう。心配させた分、殿下の為にも大人しく一緒に食事を取らせてもらおう。お腹が空いてるのは事実だし。
「ではいただいていきます。その、殿下もご一緒にどうでしょう?」
「ああ、サクラ一人に食べさせるのも気が引けるだろうから、一緒に食べよう。―――アイツにも無理をさせたからな。戻ってきたら、皆で食べよう」
そう言って殿下は部屋の出入り口にある扉を見つめる。
きっと先ほど出て行った院長の事を考えているのだろう。殿下がアイツというのは院長の事だ。
なんせ異空間に無理やり侵入して助けに来てくれたんだ。その時点で大分無茶してるし、魔力も体力も消費しているに違いない。魔力の回復に食事や睡眠は重要だ。
それはそうと、早急にテーブルマナーを思い出さなくては。
殿下のほかにテーブルマナーを教わった院長までいるとなれば、ヘマしたら後で院長に注意されるだろう。
ある意味、緊張を強いられる食事会は―――私の心配とは裏腹に開催されることはなかった。
アンバーが扉を開けて飛び込んできたせいである。
「ご歓談中、失礼します。女王陛下がお呼びです。火急の要件とのことです」
アイリスからの呼び出し……ひょっとしなくてもサルファーの皇子が発見されたのだろう。
その件についての話し合いに違いない。
権力者は忙しいな。
クロッカス殿下はアンバーに頷いて立ち上がると、再度私に目を向けて柔らかく微笑んだ。
「仕方ない。一人で楽しんでくれ」
「ちゃんと送るから、帰るなよ。嬢ちゃん」
グレイ隊長が厳しい顔で釘を刺してくる。
確かに前回も帰る途中でダンジョンに迷い込んだが、あれはかなり稀な事象だ。そんなに心配しなくてもいいのに。
そうは思ったが殿下もアンバーも同じことを思っているのがこちらを見る目で伝わってくるので、私は大人しく頷く事しかできない。
殿下とグレイ隊長はアンバーと連れだってそのまま出て行ってしまった。
そうなると急に手持ち無沙汰になってしまった。
院長も帰って来ない。
帰る事も出来ない。
暇にかまけてモグラと他愛ない会話をしている内に、疲れからか瞼が重くなってしまった。