モブは無双なんてできない
皇子とロータスの事は院長に任せておけば大丈夫だろう。
クロッカス殿下は改めて私に優しい目を向けた。
「色々あって疲れているだろう。帰って休むと良い」
「いえ、先にお話ししたいことがあります」
殿下のお言葉に甘えて帰ってゆっくり寝たいところなんだけど、そうもいかない。
なんせ帝国の御伽噺の真相とか、大陸を襲うかもしれない地震については殿下の耳に入れておいた方がいい。
院長が後から伝えると思うが、殿下も院長も忙しいのだ。少しでも時間を短縮して、二人にこそ休んでほしい。
殿下は私の話を黙って聞いてくれた。
「そうか、なるほどな。わかった」
殿下はすんなりと話を飲み込んで頷いた。一方でグレイ隊長は困惑顔である。
「今のでわかったんですか? 嬢ちゃんの話を疑うわけじゃないけど、地震なんて『妖精の悪戯』って言われてるのに」
サルファーの皇子様だけじゃなくて、一般的にもそう言われてるんだ。これは皇子も帝国に説明する時に苦労しそうだ。
今からそれを想像して気が滅入る。
対してクロッカス殿下は事も無げに頷く。
「サクラだけじゃなく、アイツも事実だと判断したんだ。私はその判断を信じる。―――それにしても大陸プレートの運動とそれに連なる地震か。サクラの話は面白いな。是非検証してみたい話だが……一体どこでその知識を身に着けたんだ?」
前世です。
しかしそんな事を言うわけにはいかない。妖精が見えるより頭のおかしい人扱いされてしまう。
冷や汗をダラダラ流していたら、グレイ隊長も思い出したように口を挟んでくる。
「俺も嬢ちゃんが人工呼吸の知識をどこで仕入れたか気になってたんだ。殿下もアイツも知らないような事をどこで知ったんだ?」
追撃された。
しかし二人の純粋な疑問になんとな答えなくては。
「えーっと……その~……」
「おい、大丈夫か?」
腕の中のモグラが心配そうに私の腕を叩いて見上げる。
そうだ。これだ。
「妖精から聞きました!!」
「なんだ、そうだったのか。確かに『妖精が見える』なんて他人には言えないよなぁ」
幽霊が見えてるらしいグレイ隊長が同情したように頷く。
ひょっとしてグレイ隊長も昔は色々言われたのだろうか。
一方でクロッカス殿下は楽しそうに微笑む。
「妖精は長生きだからな。過去に失われた技術を口伝しているのかもしれない」
良かった。なんとかなった。
今度から前世の知識を披露するときは妖精に聞いたことにしよう。
ただし、殿下やグレイ隊長限定だ。
他の人には妖精が見えるなんて言っても信用されないどころか、可哀想なモノを見る目で見られるだろうし、院長は実際に妖精が見えて話せるので嘘を看破される。
そう考えると、迂闊に前世の知識なんて披露しない方がいい。
前世の知識で無双できるのは選ばれた人間だけだ。