帰ってきても問題は山積み
一歩踏み出すと、そこはクロッカス殿下の執務室だった。
来る前と変わらず、クロッカス殿下とグレイ隊長がいる。
私たちが戻ってきたのを見ると、クロッカス殿下は立ち上がって私の前にやってきた。
心配そうに藍い瞳が揺れている。
「戻ったか。怪我はないか? サクラ」
「はい。全然大丈夫です。ご心配をおかけしました」
私が真っ直ぐ目を見て返事をすると、殿下はようやく息をついた。
「良かった。心配したぞ。お前が迎えに行ってくれるから、無事に帰ってくると信じていたがな」
「当然です」
殿下が院長に目を向けると、院長はドヤ顔で胸を張る。
一方で私の手の中のモグラは、殿下を見て身じろぎする。
「なんだ、コイツ……。呪いか? とんでもない物を背負わされているな……」
「え? そうなの?」
「うむ。いるだけで全ての不幸が飛んでくるような呪いを背負わされておる。しかもなんだ。神かそれに類するものの呪いだ。妖精でもどうにもできぬ。正直、近くに居たくないぞ」
モグラは殿下を見ないように背を向ける。
殿下が生まれた時から不幸なのって、その呪いのせいなのか?
困惑して殿下に再度目を向けると、彼も困惑した顔でこちらを見ていた。
「サクラ、何か……いや、誰かいるのか?」
殿下の視線は私の腕の中に注がれている。
そうだ。普通の人には妖精が見えないんだった。これでは独り言で会話する危ない人である。
「えっと、これはですね……」
慌てて弁明しようとすると、殿下に手で遮られた。
「恐らく妖精だろう? あいつがよく連れている気配に似ている。あいつとは長年一緒だからな、気配くらいはなんとなくわかるようになった」
そういって殿下は院長を見る。院長も笑顔でその言葉に頷いている。
良かった。頭のおかしい人判定にならなくて。
ほっとしているとグレイ隊長も話しかけてくる。
「俺もなんとなくわかる気配がわかるけど、声も姿も見えない。やっぱり嬢ちゃんは特別なんだな」
「いえ、私が見えるのはただ妖精の血が混じってるからですよ。お二人の方が凄いと思います」
院長の話からして、現代の人間は普通見えないみたいだから、なんとなくでもわかる二人の方が凄いと思う。
グレイ隊長は幽霊とかが見えるみたいだし、霊感みたいな『見る』才能があるのかもしれない。
そんな事を考えていると、院長が床を指さして話し始めた。
「それより、この二人の事なんですけど」
院長の指を折って床を見ると、そこにはロータスと皇子が倒れていた。
「え、な、なんで倒れてるんですか? 大丈夫なんですか??」
慌てて近寄って息を確かめる。
大丈夫だ。どこも怪我をしていない。気を失っているだけだ。
「違う次元から移動したら、体にも精神にも負荷がかかるからね。気絶くらいするよ」
院長が事も無げに解説する。
そういえば、私もダンジョンに強制転移した時に気を失ってたな。
「私は今回大丈夫だったのは……?」
「勿論、ボクが一緒だったからね」
「我もいたぞ」
院長とモグラが同時にドヤる。
その優しさの欠片もこの二人に向かなかったのか。可哀想に。
二人に同情していると、院長が咳払いして先ほどの話を続ける。
「それで、この二人の事なんだけどね。記憶改変していい?」
「なんて?」
また笑顔でとんでもないことを言い始めた。