歴史改変
サルファーの皇子は冷や汗をダラダラ流す私をじっと見つめて頷いた。
「信じがたいが、実際に土の大妖精とされる人物は消えた。お前の言っていることは真実なのだろう。私は信じるぞ」
ファンタジー世界で良かった。
いや、流石にファンタジー世界でもこの世界では『妖精が見える』なんて言ったらおかしい人だ。
ロータスなんてまだ疑いの眼差しを向けている。サルファーの皇子の手前、言ってこないだけだ。
皇子様はそんなロータスを無視して自信満々に続ける。
「お前は土の大妖精が見える上に、奴の言動から見るに最初から認められている。帝国の為にも私に付いてくるべきだ」
おっと。これは『信じる』と言って安心させたところに付け込んで勧誘するパターンだった。
ほんのちょっぴり上がった好感度が地に落ちる。
本当に妖精が見えるかはどうでもよくて、帝国と自分の為に利用したいだけだろう。
私が邪魔になったら『この女に騙された』と処刑すればいいだけの話だ。
迂闊に喜んで頷いてはいけない。
「その、私には心に決めた人がいるので……。それに、今はここを出て皇子の身の安全を確保することが先決です。これからの話はその後にしましょう」
とりあえず先延ばしにしておこう。
変に言質を取られるより良い。
ここを出たら院長やグレイ隊長に相談できるし、クロッカス殿下だって話を聞いてくれるだろう。
ただ小娘一人で出来る事なんて限られている。
主人公じゃないんだから、一人で悩んで決めなくてもいいんだ。
「サルファーも強引な奴だったが、子孫もそれに似ているな。そいつは置いて行ってもいいのではないか?」
不満げなサルファーの皇子を見てモグラが呟く。
同情したような視線を向けられている気がするが、モグラなので顔の変化がわかりにくい。人間の私がモグラの表情を読み取るのは困難なので、さっさと諦めてモグラに向き直る。
「そうもいかないの。皆で帰らないと意味がないんだから。どうしたら皇子様も帰してくれる?」
またモグラが駄々をこねたら握りしめるつもり満々で両手に力を込める。
皇子を置いて行ったら困るのはウィスタリア王国なのだ。
私個人としては置いて行ってもいいんだけど、皇子が帰らないと国際問題になる。
せっかくゲームの戦争バッドエンドを回避したのに、こんな所で再燃されては困る。
しかしモグラは少し考えを巡らせると改めて私を見つめる。
「我の封印を解いたらサルファーの末裔も帰してやってもいい」
「封印は解かれてるんじゃないの?」
モグラは自由に動いている。私がうっかり宝石を持ったばかりに封印が解けてしまったからだ。
しかしモグラは短い首を横に振った。
「我と我の力は分断されて封印されている。今の我は微量に残った力しか揮えない。だが、我の封印を解いたお前なら解けるだろう。そのためにお前をここに呼んだ。あの二人とは用件が違うのだ」
私が巻き込まれたのはそういう事だったのか。てっきりあの二人の巻き添えかと思ってた。
しかし力が封印されててあの強さなら、解くのはまずいんじゃないかな。
「封印を解いたとたんに皇子に襲い掛かられたら困るんだけど」
「―――仕方ない。こんな機会は二度とないやもしれぬ。背に腹は代えられん。そいつには手を出さん。約束する」
モグラが不承不承といった体で皇子を爪で指さしながら答える。
約束―――そういえば、院長に習った気がする。
『妖精は人間と違って約束や契約は破らないよ。でも気を付けて。約束や契約に含まれてないからってとんでもないことをしてくるのが妖精だから』
今思うと、やたら実感の籠ったセリフだった。あれは妖精が見える院長の実体験だったのかもしれない。
とりあえず今のモグラの話をサルファーの皇子にそのまま伝える。
どちらかというと、モグラの力を解除して一番困るのは帝国だろう。なんせ『サルファー』が恨まれているのだ。皇子に手出ししないと言ってもその他は保証されていない。
皇子もそのことに気づいたのだろう。眉をひそめて鼻を鳴らした。
「我が帝国の民に手を出されては困る。封印を解いても民たちを傷つけるな」
「たかがサルファーの末裔が偉そうに……。いいだろう。我はお前の民に干渉せぬ」
モグラもツンとした態度で言い返す。
まぁ、皇子にはその声も態度も聞こえてないんだけどね。
モグラの声が聞こえていない皇子様に代わって私が質問する。
「その言い方だと、帝国が困った時にも干渉しないって風にも聞こえるんだけど」
「何が悪い。そもそも我はサルファーに騙されて封印されたのだぞ。この地の人間とサルファーの子孫を守るためにな」
歴史って権力者の都合のよい方に改変されるものだって聞くけど、本当なんだな......。