御伽噺
困った、何も思い出せない。
決意とは裏腹に時間だけが過ぎていく。
『恋革』について私はあまりにも興味がなさ過ぎた。妹の話をもう少しちゃんと聞いておけばよかった。ただ妹が隠し通路について何か説明してくれたのだけは覚えている。内容はさっぱりだけど。
気分を変えれば思い出すかと思って、休憩中にお城の中庭でぼんやり空を眺めて見るが、まったくダメだ。
ジェードは期限が後5日と言っていた。それまでに思い出さなければいけないのに、記憶に靄がかかったように何も出てこない。
せめてとっかかりさえあれば……。
「サクラちゃん? こんなところでどうしたの?」
座り込んでぼけっと空を眺めていた私を上から覗き込んで来たのはモブ君だった。
「モブ君……。実は今、ちょっと悩んでて……」
「そうなんだ? 良かったら相談に乗るよ」
モブ君が私の隣に座る。
彼の笑顔を見るとなぜだか安心感が凄い。何でも話してしまいそうになる。異性にも警戒心を抱かせないのは才能だと思う。
私は再び空を見上げて切り出した。
「昔の事を思い出したいのに思い出せない時って、どうしたらいいと思う?」
「唐突だね……。何か忘れ物でもした?」
「そんなところ」
曖昧で申し訳ないがいくらモブ君でも詳しく話すわけにはいかない。ジェードの事とか、隠し通路の事とか色々噂になっても困る。
モブ君は私と同じように空を見上げた。
「何かきっかけがあれば思い出せたりするんだけどね。例えば……」
モブ君は懐から本を取り出した。『ウィスタリア王国の御伽噺』と表紙に書かれている。
「小さい頃の記憶ならこういう御伽噺読んでもらったな~ってきっかけから、親の言葉とか当時の好きだったものとか思い出せたりすると思うけど」
「小さい頃……でもないんだけどね」
なんせ前世の記憶だ。
とりあえずモブ君から本を受け取ってページをめくる。
最初に書かれていたのは『ウィスタリア王国』に住む国民なら誰でも知っている御伽噺だった。
『ウィスタリアと雪の妖精』の話。
その後には御伽噺の成り立ちとか登場人物の詳しい説明とかが小難しい言葉で書かれている。が、そこまで目を通す暇はなかった。
「モブ君!!」
「え、何!?」
「思い出した!! ありがとう!!」
本を押し付けるように渡して立ち上がる。
物語のヒントを的確にプレイヤーに助言してくれるタイプの有能な登場人物か!? 本当にありがとう!
モブ君へのお礼もそこそこに私は走り出した。