勧誘
結局、話の流れでアンバーに送ってもらうことになった。
また小言をお見舞いされるかと思っていたのだが、意外にもアンバーからはいつもの皮肉は出てこない。
何か企んでいるのかと彼を見上げると、眼鏡越しの琥珀色と目が合った。
「色々考えてお疲れでしょう。私の言いたいことは後日にしてさしあげます。今日は早く帰って休みなさい」
表情はいつもと変わらない冷たさなのに、満月と同じような柔らかな優しさを秘めた瞳で珍しく心配しているような言葉を吐く。
ちぐはぐな態度に思わず首を傾げてしまう。
「言いたいことがあるなら今どうぞ。後日も今も変わらないと思うんですが」
「貴女は話を聞いているフリをして話半分で聞き流すのが得意でしょう。疲れている時は特に顕著です。誤解はちゃんと解きたいので、聞き流されては困ります」
アンバーは鼻を鳴らして前を向く。
妹の話もそれで聞き流してたからな。興味のない話題の時はそうしてたんだけど、バレてないと思っていたらアンバーにはバレていたらしい。
実際、今日は色々考えながら話したせいで脳が限界だ。
アンバーが黙ってくれているのをいいことに半分ぼんやりしながら廊下を歩いていると、突然目の前に何かが飛んできた。
顔面目掛けて飛んできた何かを、反射的に右手でキャッチする。
「良い反射神経ですね。サクラさん」
なぜかアンバーに満面の笑みで褒められた。
「そこは嘘でも心配してくださいよ」
キャッチできなかったら顔面に衝突していたんだぞ。かなりの勢いだったから怪我をしかねない。
アンバーに文句を言いつつも手の中の物を見ると、それは宝石だった。
美しくカットされた黄褐色の宝石は私の片手でも余る大きさだ。
なんでこんなものが飛んできた???
「お城って宝石が降ってきたり……」
「するわけないじゃないですか。あれですよ」
私の迷推理に重ねるようにして、アンバーが廊下の隅を指さす。
そこにはサルファー皇子とロータスが影に隠れて立っていた。
皇子は何かを渡そうとするように片手を差し出し、ロータスは怒ったような表情で皇子の手の中の物を跳ね除けたような格好だ。
察するところ、皇子がこの宝石を渡してロータスを懐柔しようとしたが、ロータスが起こって突っぱねたのだろう。
その宝石が私のところに飛んできた、と。
めんどくせ~~~~~!!
心の底から関わりたくないけど、手の中にある宝石を放置して行けるほど私には度胸がない。
だって絶対にお高い物じゃん。
返しに行かないといけないけど、あの二人に話しかけると絶対に面倒なことに巻き込まれる。見ただけでわかる。
だからといって皇子だけになった時に話しかけると、今度は私が勧誘されそうだ。
それに対応する時間が面倒くさい。私はもう帰って寝たいんだよ。
絶望と共に宝石と言い争う男二人を交互に見ていたら、アンバーが溜息と共に手を差し出してくれた。
「それは私が返しておきます。サクラさんはお先に帰りなさい」
「いいんですか!?」
思わず声を上げてしまった。
うっかりアンバーに後光が見えたレベルだ。
今まで誤解してて悪かった。あんたが救いの神だ。
私の縋るような視線を受けて、アンバーは眼鏡を指で直しながら仕方がなさそうな顔をする。
「ええ。貴女がまた厄介事に巻き込まれたら、私が殿下に―――」
突然、アンバーが眉を顰める。
何かと首を傾げた瞬間―――
手に持っていた宝石が真っ二つに割れた。