単体で国を亡ぼせる程度の能力
「でも今はサクラも強くなったし、殿下も女王陛下と対立しなくても良くなったから安全だよ。サクラも殿下を知りたいんでしょ? ボクが間に入るから、もっと一緒に居ようよ」
嬉々として提案してくる院長に、グレイ隊長が冷めた目を向ける。
「それはお前が嬉しいだけだろ」
「殿下だって嬉しいよ!」
むくれた顔で反論する院長。
院長もグレイ隊長と同じ年くらいのはずなのに、院長の見た目もあってグレイ隊長の方が大人に見える。
また言い合いになりそうな二人を見かねてか、クロッカス殿下が口を挟んで来る。
「子どもに意見を押し付けるな。サクラ、暫くは今まで道理、たまに話そう」
「はい」
殿下に穏やかな視線を向けられて頷く。
そうだよね。『恋革』のゲームが終わったんなら、焦らずに時間をかけても良い。
殿下がラスボスとして倒されなくても良くなったのだから。
しかし院長は不満げな顔を殿下に向ける。
「でも、ボクはなるべくサクラが目の届くところに居てほしいんです。サルファーの皇子がサクラを帝国に連れ帰ろうとしてるみたいだから、ボクは心配で……」
「初耳なんですけど?」
とんでもない情報が飛び込んできた。
確かに『側仕えにしてやる』とか言われたけど、ガチだったのか?
ドン引きしていると、院長は紛然たる表情で鼻を鳴らした。
「ジェードが調べてきたんだよ。サクラは貴族でも何でもないから、無理やり連れ帰っても何も言われないだろうとか言ってたみたいでさ。……サクラにそんな事したら、ボクが帝国を滅ぼしてやる」
院長から表情が消える。それなのに目だけがギラギラと輝いて見える。
ガチだ。これは本気だ。
気のせいか部屋の温度が急激に下がった気がした。
思わず言葉に詰まる私と違い、クロッカス殿下は仕方ない奴と言わんばかり溜息をついた。
「お前って奴は……。その時はウィスタリア王国のせいだとバレないようにやるんだぞ」
「はい!」
「殿下!! 止めてくださいよ! こいつ、貴方の言う事しか聞かないんですよ!?」
とても良い笑顔で返事をした院長に、思わずグレイ隊長が止めにかかる。
まさか殿下が許可するとは思わずに私は殿下を二度見してしまった。
殿下はいつもの穏やかな笑顔を消して、ラスボスのような冷たい表情を見せる。
「私は何年経っても我が国に攻め入り、民を犠牲にした帝国を許しているわけではないからな」
「地震でも火山を噴火させるでも首都に隕石を落とすでも、昔からボクはできたのに18年前の戦争は殿下があれで済ませてあげたんだよ。大事な物に手を出したら許すはずないでしょ」
院長が思ったより凄まじく強くてビビる。
単独で天変地異を起こせるってなんだ???
それに殿下の反応も予想外だ。
私は前世でも今世でも戦争を知らないけど、こうして恨みつらみが尾を引いて更に争いが起こるわけだ。
その原因がよりにもよって私になる可能性があるだと?
やめてほしい。胃が痛くなってきた。
そんな二人の思考を引き戻すためにも、私は引きつった顔で声を絞り出す。
「で、でも前は院長に頼まなかったんですよね?」
頼まなかった結果、ゾンビパニックを引き起こしたわけだけど。最悪すぎる。
そんなパニックホラーを引き起こした張本人であるクロッカス殿下は、元の穏やかな笑みを私に向ける。
「国を亡ぼすような大魔術を使ったらこいつの存在が露呈するからな。人間は圧倒的な力を持つ存在は恐れるものだ。恐怖に突き動かされて、お前を殺すために各国が同盟でも組んで仕掛けてきたら事だからな。―――それも昔の話だ。今は魔術の形跡を隠蔽するぐらい造作もない」
「ええ。ボクと殿下なら『あったら便利だな』って思った魔法は、0からでも作れますからね」
魔法ってそんな簡単に作れるものじゃないはずなんだけど。
新しい魔法1つでも作ったら歴史に名前が残るレベルだ。
「この天才ども、厄介すぎる……」
グレイ隊長が私の気持ちを代弁してくれた。
院長が滅茶苦茶に強いのって、本人の素の性能もあるけど、クロッカス殿下が一緒に魔術を考えてるせいでもあるんじゃないかな。