人生の難易度はeasyが良い
院長は一呼吸置いてから、改めて私を見て目を細めた。
「殿下には色々言ったけど、サクラが殿下と仲良くしたくないなら全然それでいいよ。嫌いだって言うならボクが消しておくから」
「消さなくて結構です」
相変わらず笑顔で物騒な事を言う。
そもそも消すって存在をなのか、記憶なのか。どっちも出来そうで怖い。
でも殿下は院長の言葉を気にした様子もなくニコニコしている。多分、院長が本気じゃないのをわかってるんだろう。
院長が何を言っても殿下は許してくれるから、院長はそれに甘えている感じがする。
甘えるにしては内容が物騒だけど、それは置いておいて私は改めて院長とクロッカス殿下に視線を向けた。
「院長が出てくるほどでもないって言うか、そんな大した話じゃなくてですね......」
院長の登場に流されてたけど、今日の本題はこっちだ。
ここに来るまでは少し緊張してたけど、院長が殿下に好き放題に言いたい事を言っているのを見てたら、大概の事は殿下が許してくれるように思えてくる。
バグみたいな方法で緊張を緩和されてしまった。
その勢いで私は口を開く。
「私は殿下を父親だと思えないと前に言いました」
「ああ、そうだな」
クロッカス殿下は穏やかな笑みのまま静かに頷く。
でも、と私は言葉を続けた。
「少し時間を置いて考えてみて......私も殿下の事を知りたいです。それで殿下を親だと思えるかはわからないですけど、知らないまま後悔したくないんです。......虫のいい話で申し訳ないんですけども」
私の言葉にクロッカス殿下は首を横に振った。
「いいや、そう言ってくれるだけでも嬉しい。私はお前が幸せに過ごしていてくれれば、それで良いと思っていた。だが、こうしてお前と話せるのは格別の喜びがある。私を父だと受け入れられなくても、お前と話せるのなら私には過ぎた幸福だ」
やっぱり殿下は優しい人だな。
優しすぎて院長みたいな問題あるタイプも受け入れられるのが良いところでもあり、悪いところなんだろうけど。
「良かった......」
院長が小声で呟いて心底ほっとした顔をする。
なんだかんだ理由はつけても、殿下と私に仲良くして欲しいのは本当なんだろうな。
それはそれとして、私は院長の袖を引っ張って注意を向ける。
「話し合いに院長が出てくるなんて、どんな風の吹き回しですか? ひょっとして私が王族に戻りたいとか無茶を言うと思われてました?」
「嬢ちゃんに限ってそれはないだろ」
「そうだな。サクラはそういった事に興味はないだろう」
「ボクはサクラが心配だから見に来ただけだよ」
院長だけでなくグレイ隊長や殿下まで答えてくる。
そんなにわかりやすいんだろうか。
更に院長は難しい顔で腕を組む。
「第一、サクラが王族に戻るのは危ないよ。姉さんだって『雪の妖精』の見た目と触れただけで呪いが浄化できる能力で狙われてたのに、サクラなんてそれに王位継承権まで絡んでくるんだよ。ボクも殿下もグレイも君を守るけど、攫われたり、姉さんみたいになったら......」
院長の声が段々小さくなる。
また泣きそうな顔になっている院長に代わって、グレイ隊長が話を引き継いだ。
「特に10年前なんて例の反乱で情勢が不安定だったからな。殿下も命を狙われたし、俺らもどうなるかわからない。無力な嬢ちゃんを側に置くのは危険過ぎた。ここにいる全員のアキレス腱みたいなものだ。だから殿下も隠しておく事にしたんだよ」
「当時を考えればそうだったんでしょうね......。リリーさんを亡くした直後ですし」
守ると言っても絶対なんてないし、愛だとか感情論でどうにかなるものでもない。大切な人を亡くしたなら尚更だ。
無力な子どもを近くに置く事は出来なかったのだろう。
もし攫われたりしたら利用されたあげくに、将来的に定のいい母胎としても利用されそうだし、扱いに慎重にもなる。
私は第三者的な立場だから冷静だけど、歳相応だったら全員を感情的に責めてたと思う。
子ども心に親がいないのは寂しいだろうから。
私としてはそんな危ない環境に身を置かなくて済んで感謝しかない。
フラックスを見る限り、貴族社会も面倒事しかなさそうだ。
私には絶対に無理だ。生き残る自信がない。
そう考えると私の意思と関係ない時点から詰む可能性があったなんて、鬼畜過ぎないか?