常識
そんな院長と私のやり取りを、クロッカス殿下は微笑んで眺めた後に頷いた。
「仲良く過ごせているようで何よりだ。そいつが『サクラに嫌われたくないから、なるべく一緒に居ないようにしてる』なんて言って泣いてたから心配していたんだ」
「なんで言うんですか!? あ、違うよ!? 泣いてないからね!」
誤魔化しが下手か?
院長は慌てて必死に言い訳してるけど隠せてない。
「院長、忙しいから月1くらいしか会えないのかと思ってましたよ」
思わず白い目を向けると院長は苦虫を噛み潰したような顔をする。
「ボクじゃなかったら過労死するくらい忙しいのは本当だよ。でもサクラを避けてたのも......本当」
改めて振り返ると、殿下に娘を直々に任されてた割には放置してるなとは思った。
院長をじっと見つめていると、渋々と言ったように口を開いた。
「ボクは一緒にいると際限なく甘やかしちゃうから......それは良くないってスノウの頃から殿下に注意されてるし......。それにずっと一緒にいたら独り占めしたくなって閉じーーー」
「と......? なんですか?」
最後の方が聞き取れなかったんだけど、なんだろうか。
グレイ隊長が剣にかけている手に力がこもったのが不穏過ぎる。
訝しげに院長を見つめるも、院長は首を横に振るばかりだ。
それを見てか、クロッカス殿下が口を開く。
「そいつは自分が人と感覚がズレている事がわかっているからな。それでサクラに怖がられたり嫌われるのが嫌なんだ。一緒にいたいし大事にしたいのに避けるのはそのせいだ」
「なんでバラすんですか!? ボクだってサクラともっと一緒に過ごしたいんですよ! だから殿下はサクラに気に入られるように努力してください。貴方がいればボクが何かやらかす前に止めてくれるので、安心してサクラと一緒に居られるんです!」
「結局自分の為じゃねーかよ、清々しいほどクズだな」
「殿下に言う前に自分が常識を装備すれば良いと思うんですけど、どうなんですか?」
拳を握って殿下に力説する院長に私とグレイ隊長の言葉が刺さったようだ。胸を押さえて俯いてしまった。
殿下がまたため息をついて助け舟を出してくれる。
「そいつは赤子の頃から妖精が見えて話していたせいで、常識が妖精よりになってるんだ。加えて桁違いに強くて『雪の妖精』に似てるから、畏怖と崇拝のせいで誰も指摘できなかったみたいなんだ」
「姉さんと殿下が言ってくれるまで知らなくて......それからは注意してるんだけど、偶にうっかり出てきちゃうから......それでサクラに嫌われたり傷付けたりしたくない......」
院長はすでに涙声である。俯いててわからないが、本当に泣いてるかもしれない。
幼い頃から違う常識で生きていたら修正するのは大変だ。
姉のリリーさんがいたらまた違ったかもしれないが、幼い頃に離れ離れになってしまったから指摘する人がいなくなってしまったのかもしれない。
「事情も知らずに色々言ってごめんなさい、院長。院長は自分が他人と違う事でずっと悩んでたんですね」
「サクラ......」
「お前はリリーもスノウも大事にしてたじゃないか。サクラのことも傷付けたりしないさ」
「殿下......」
鼻を啜りながら顔を上げる院長。
涙目も相まって絶世の美少年である。
感動的な雰囲気が流れる中、グレイ隊長が鼻を鳴らしたい。
「そうやって甘やかすから、そいつがつけあがるんだよ」
「友達なのに酷くない!?」
「友達じゃない」
グレイ隊長にばっさり切り捨てられた院長は、子どもみたいにむくれている。
これは逆に仲が良いんじゃないかな......。