保護者ムーブ
約束という事は、間違いなくクロッカス殿下の事だ。
周囲の目を憚って名前は出していないが間違いない。
「でも大丈夫なんですか? お忙しいんでしょう?」
昨日の緊急会合で見た時はやつれて見えた。そんなに忙しいのに、私と会う時間なんてあるんだろうか。
グレイ隊長の後に続いて歩きながら問いかけると、グレイ隊長は何でもないように肩を竦めた。
「確かに忙しいけど、嬢ちゃんが会いたいって言うならあの人は時間を作るさ。仕事はきっちり終わらせてるから問題ない」
「問題しかないですよ。本当に申し訳ありません……」
私に会う時間があるなら休んでほしい。
私はいくらでも待てるのに、急かしたみたいで申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
そんな気持ちが表情に出ていたのだろう。
グレイ隊長に頭をポンポンと慰められるように叩かれた。
「気にするなよ。あの人が嬢ちゃんに会いたいだけだからさ」
クロッカス殿下としては娘に会いたいんだろうな。
でも私は『スノウ』じゃないし、記憶もない。
父親だと明かされたときにその事を説明したけど、それでも本当に娘として見てくれているのだろう。
嬉しいような、申し訳ないような複雑な気分のまま、クロッカス殿下の執務室の前まで到着してしまった。
グレイ隊長が遠慮なく扉をノックする。
いつもならアンバーがすぐに出てくるはずだが、今回は違った。
扉が開くと同時に、私は腕を掴まれて部屋の中に引きずり込まれた。
私が行動する間もなく、そのまま抱きしめられる。
「サクラ! 元気だった?」
「院長!?」
いつもの笑顔の院長にぎゅうぎゅう抱きしめられる。
久しぶりの再会みたいな抱擁の仕方だが、ついこの間会ったばかりである。
「なんでいるんですか? というか、居て大丈夫なんですか!?」
呆れ顔のグレイ隊長が後ろ手に扉を閉めてくれたが、こんな目立つ容姿の人がいて注目されないわけがない。
ちらっとでも部屋の中を見られたらアウトだ。大騒ぎになる。
しかし院長は相変わらずご機嫌で私を抱きしめたまま説明してくれる。
「大丈夫だよ。この部屋はボクが透視・盗聴対策してるし、ボクの許可がない人は出入りできないようになってるから。扉が開いてても外からは『普通の風景』があるって認識だけされて、具体的に何があるか理解できないようになってるんだ」
説明されても理解が追い付かなかった。
どんな魔法が使われているのかすらわからない。
混乱していると、奥のソファにかけていたクロッカス殿下が苦笑しながら手招きした。
「お前もサクラと話したいのはわかるが、そこで話していないでこっちに座って話せ」
「はーい」
院長は聞き分けよく私を離してソファまで案内してくれた。
その短い距離も当然のように手を繋いで、である。
院長は私をクロッカス殿下の対面に座らせて、自分は当然のように私の隣に座る。
私は幼稚園児か何かだと思われてるんだろうか。