御前試合
何も言わずに帰るのも悪い気がしてフォーサイシアの治療を見守っていると、ロータスが目を覚ました。
「う……」
「目が覚めましたか。どこか痛むところはありますか?」
「いや……問題ない」
ロータスは上半身を起こして自分の腕を動かし、動きを確かめてから答えた。
フォーサイシアの魔法が効果的に働いたのだろう。
これなら問題なさそうだ。
「じゃあ、私はそろそろ失礼するね」
仕事の邪魔にならないように小さな声でフォーサイシアに声をかけると、彼は笑顔でうなずいた。
「はい。また気軽に来てくださ―――」
「待ってくれ」
フォーサイシアが笑顔で答える中、私の姿を認めたロータスから待ったがかかった。
なんで?
フォーサイシアも同じように思ったのか、私と同じく怪訝な顔でロータスを見つめる。
ロータスは上半身を起こしたまま自分の服を両手で握りしめ、何かを耐えるような顔で声を絞り出した。
「俺は……弱いのか……? お前から見てもそう思うか?」
「弱いと思う」
嘘を言っても仕方がないので、はっきりと口にする。
他のお貴族様だったらもっと言葉を選ぶけど、ロータスには初対面から色々物申しているので、今更遠慮なんてしない。
ロータスは歯噛みするような顔で私に目を向ける。
「それは……魔法がか? 剣技か?」
「両方かな。特に魔法。同じ貴族でもフラックス様は威力も命中精度も申し分ないよ」
フラックスはアネモネと戦った時に、私とアネモネの僅かな隙間を狙って魔法を命中させられるくらいだ。
他の攻略対象で言えば、ジェードも大蜘蛛戦で天井にあるギミックに魔法をしっかり命中させていた。
対してロータスは、初対面のチュートリアルで狙いは外して火事を起こしそうになるくらいだ。
孤児院の子どもたちの方がマシなくらいである。
フラックスとジェードがバランス型で、ロータスが物理攻撃型であっても差があると思う。
私の言葉にロータスは頭を抱えてしまった。
「魔法は……確かにそうだが……。剣技は……女王陛下の御前試合で準優勝する腕前なんだぞ……。それなのに……」
え、ウィスタリア王国の剣技、弱すぎ……? レベル1のロータスが準優勝ってどうなのよ。
私がショックを受けていると、フォーサイシアが困ったように口を挟んできた。
「それは私からも意見を述べてよろしいでしょうか」
「この際だ。はっきり言ってくれ」
ロータスが決意を込めた表情で顔を上げる。フォーサイシアは咳払いをして話始めた。
「あの御前試合は私も教皇だった父に連れられて観戦していましたが、そもそも試合に出れるのが貴族の子弟に限られていました。剣術では最強と言われているグレイ隊長すら、貴族でないからと不参加だったんですよ。ほとんどが近衛騎士団の隊員でしたし、実戦経験があるかと言われれば少ない方々でしょう」
確かに実践で戦っているのはグレイ隊長の部隊で、近衛騎士団はあくまで城の防衛や警護が主だ。それも恰好だけの事が多い。
「つまり貴族の稽古の延長みたいな試合だったんだね」
「私にはそう見えました」
私の言葉にフォーサイシアが頷く。
なるほど。それならロータスが準優勝したのも頷けるかもしれない。
私が納得する中、フォーサイシアが少し目を逸らす。
「貴族しか出られない規定も、18年前にリリーさんが優勝をしてから作られた物だと、父が憤慨していましたから覚えていました」
「ああ......」
ドラゴンを一撃で倒せるリリーさんが出場したら、圧勝するのが目に見える。
だからって貴族以外を出禁にするのは汚いなぁ。
大人の汚さに顔を顰めていると、ロータスが首を横に振った。
「しかし、今日試験として他の隊員と剣を交えたが、圧倒されて負けてしまった……。今まで、こんなことなかったのに……!」