噂話
波乱の会議が終わった翌日、私は仕事終わりに救護室を訪ねてみた。
ひょっとしたらまだフォーサイシアがいるかもしれないと期待して扉を開けると、そこには予想通りフォーサイシアが座っていた。
やっぱり帝国ルートはここがフォーサイシアの定位置なのかな。
救護室の中は閑散としていて、今は誰も使っていないようだ。
フォーサイシアは扉を開けた私を見て、心配そうな顔で立ち上がった。
「どうかしましたか? サクラさん。具合でも悪くなりました?」
「私は全然元気。ごめんね、仕事中に来ちゃって。もし時間があったら、仕事終わりに話せないかな。あ、急用じゃないから。フォーが忙しかったら退散するよ」
フォーサイシアはちらりと置時計を見ると、笑顔で私に向き直った。
「サクラさんの話ならいつでも聴きますよ。良ければここで話しませんか?」
「え? いいの?」
誰もいないとはいえ、救護室を私用で使っていいんだろうか。
私の疑問にフォーサイシアは変わらずの笑顔で答える。
「そんなにここに来る人はいませんから。ええ、サクラとの会話に邪魔が入らないのは良い事です」
「はぁ......」
なんだかよくわからない理由で押し切られてしまった。
フォーサイシアが良いなら良いんだけど。
私はフォーサイシアに促されるまま、救護室の奥に向かう。
そこはカーテンで仕切られた一画で、簡素な丸机と椅子が置いてあるだけの休憩所のようになっていた。
ここなら誰か来てもすぐに気がつくし、こちらは相手に見えないから私がいても都合が良いって事か。
納得しながら私はフォーサイシアと向かい合うように椅子に腰掛けた。
「それで、話とは何ですか?」
フォーサイシアが穏やかに問いかけてくる。
途端に教会の懺悔室に放り込まれた感覚に陥ったが、恥の多い人生を送ってきた私の懺悔なんぞ聴かせる訳にもいかないので、慌てて話題を口にする。
「その、昨日の会議の事......聞いてる?」
「ええ、噂になってますからね。帝国との事も、女王陛下の事も」
それを聞いて、私は思わず言葉を濁す。
「えーっと、女王陛下の事って言うのは......ロータスがフラれた事も含めて?」
「はい。そういう噂は流れるのが特に早いですから」
フォーサイシアは困ったように笑った。
あの会議は箝口令が出てた訳ではないから、噂もあっという間に広がったのだろう。
「特に女王陛下の好いた方は誰だと蜂の巣を突いたような騒ぎですよ。未来の王配かもしれませんからね。私の所にも問い合わせが相次いでいるので、こちらに避難している次第です」
にっこり笑うフォーサイシアだが、その後ろに苛立ちが見え隠れしている。
ひっきりなしに尋ねられて嫌になったのだろう。ひょっとしたら教会にいても同僚から言われたのかもしれない。
救護室にいれば『仕事中だから』と追い返せる寸法だ。
「......そんな時に来てごめん」
思わず謝ると、フォーサイシアは首を横に振った。
「サクラは私が女王陛下のお相手と思って訪ねたわけではないでしょう?」
「勿論だよ」
私が頷くと、フォーサイシアはあからさまにほっとした顔になった。
朝から何回も尋ねられて疲れてるんだな。可哀想に。
そもそもフォーサイシアが否定してたしね。
『アイリスには思い人がいる』と言っていたのはフォーサイシアだ。
「私は女王陛下が好きなのはロータスだと思ってたんだけどね。フォーは陛下の好きな人って心当たりある?」