肉壁
四人の狙いは明らかに皇子様だ。
ここで放置して逃げる選択肢もあるが、うっかりアイリスが間に合わずに皇子様が死んでしまうと、それはそれで二国間の間に軋轢が生まれてしまう。
それこそ暗殺を企んだ他国の思う壺だ。
でもプロの暗殺者と戦いたくない。
攻略対象で序盤に死ぬとゲーム的に困るロータスと違って、モブの私はここで立ち向かっても死ぬ可能性がある。
『恋革』というゲームは『恋の革命』という名の内乱や帝国との戦争で、名も無きモブが大勢犠牲になるゲームだからだ。
ゲーム内では地の文でサラッと流されてるけど、モブに優しくない世界なのである。
しかし、だからこそ―――戦わなければ生き残れない。
前世の有名なセリフで、院長もこの言葉を教えたら大いに同意してくれた。
世界が違っても、生き残るためには覚悟を決めなければ。
そんな私の決意とは裏腹に、四人はじりじりと距離を詰めて、一斉に皇子様に襲い掛かってきた。
サルファー皇子はそれに合わせて、自分の周りを半透明な淡黄色の壁で覆う。
属性魔法の『土』で作った壁っぽいな。確かに初期魔法の『シールド』より堅そうだ。
自衛が出来るならそれが一番だ。
皇族に戦闘力を求めてはいけない。
ウィステリア王国は主人公の全属性持ちアイリスと、ラスボスのクロッカス殿下が強すぎるだけである。
だから『自分だけ安全権で見てるだけかよ!』なんて思ってはいけない。
例え暗殺者の目がこちらに向いたとしても、だ。
目撃者もまとめて消すってことですね。わかります。
「ロータスはサルファー皇子を守って!」
「言われなくても!」
反射で叫んだら、ロータスは隠していた剣を抜いて皇子様を庇う体制を取っていた。
状況について行けずにおどおどしてると思ってたけど、優先事項が分かっているじゃん。ちょっと見直したぞ。
とりあえず皇子様に怪我をさせないことが先決だ。
皇子様が怪我をするシチュエーションを作ると『アイリスが飛び込んできて代わりに怪我をする』状況が成立してゲームが始まってしまうかもしれない。
なので私が最初に無力化するのは、私やロータスを無視して魔力を高め、魔法でサルファー皇子の作った土の壁を壊そうとしている暗殺者だ。
幸いそいつは年若い素人二人と舐め切ってこちらに注意を向けていないので、私は『身体強化』で一気に距離を詰め、首に渾身の一撃を決めて沈めた。
それでお仲間が少しくらい動揺してくれれば良かったんだけど、相手はプロの暗殺者。
全く動揺した気配も見せずに、一人がナイフを矢のような速度で連射してきた。
矢のような曲線を描く物や、真っ直ぐ直線で飛んでくる多彩なナイフを躱すと、ロータスやサルファー皇子に被害が出るかもしれない。
咄嗟に私は、殴って無力化した暗殺者の体をナイフの壁にした。
皇子様が壁を使ってるんだから、私も壁を使ってもいいだろ。
壁がナイフを受け止めてくれる間に、私は再度地面を蹴ってロータスの所に向かう。
ロータスも一人の暗殺者の相手をしており、剣に競り負けて頬に一筋の切り傷を負ったところだ。
そのまま暗殺者がロータスにトドメの一撃を入れる前に、横腹を蹴り飛ばして暗殺者を吹っ飛ばした。
ロータスも私がチュートリアルを台無しにしたせいで、初期レベルと変わらないから強くないのは仕方がない。むしろ逃げないでよく立ち向かってくれた。
私が蹴り飛ばした暗殺者は、そのまま城の壁に背中を激突させて動かなくなった。
残りは二人だ。