騎士道精神
もし、この世界の一般家庭に転生していたら。
アイリスとロータスが城から逃げ出して、『恋革』が始まろうとしたことも知らなかっただろう。クロッカス殿下によって内密に処理され、知っている人間の方が少ないからだ。
そうなると今回『サルファー帝国の外交団が来る』という大々的な知らせが発せられて、初めてゲームが始まったと思ったはずだ。
私よりもゲームに詳しいなら、バッドエンドで戦争が始まる前触れだと即座にわかっただろう。
主人公のアイリスを含む攻略対象達は、一般家庭に生まれたらおいそれとは関われない上流階級の人々だ。
接触するだけでも一苦労だろう。
だから会った時に一番信用してくれそうなロータスを選んだんだろうけど。
例え転生者であろうとも、魔法で無双できないのは私自身が証明済みだ。
そもそも私のいた孤児院が特別なだけで、魔法の扱いなんて貴族やお金持ちの商人でなければまず習わない。魔法を使える人が少ないから、教える側は更に少なくて上流階級が独占してしまうからだ。
だから転生者の知識から地位と魔力のある攻略対象を頼ったんだろうけど―――
私は再度ロータスを見下ろす。
「ひょっとして、さっきの話をマゼンタ団長にも一字一句違えずに伝えた?」
「当たり前だろう。嘘は良くない」
「お馬鹿!!」
思わず絶叫してしまう。
流石のロータスは目を剥いた。
「馬鹿とはなんだ! 馬鹿とは!」
「そんな怪しげな人物からの怪しげな話、まず信用されないにきまってるでしょ! なんで『王の影』とかの信用できそうな筋にワイロを渡して話を合わせてもらうとか。証拠を捏造するとかしないの!?」
院長はまずそうするし、私だってそうする。
土下座してまで頼まれた上に、自分の汚名返上のチャンスだぞ。
何としてでも信じてもらわないといけないなら、汚い手も使いようだ。
しかしロータスは理解できないとでも言うように眉を寄せる。
「そんな騎士道精神に反するような真似できるか!」
「あんたの騎士道精神とやらは女王陛下やこの国より大事なの? それで何か守れるの? 自分の大切な人より信念を優先するんだね。女王陛下と逃げ出したのを、蹴り飛ばしてでも止めて正解だったよ」
女王陛下の伴侶になるなら優先順位を間違えないでほしい。
ゲームの流れで精神的に成長するのかもしれないが、今のロータスを見てるとチュートリアルを台無しにして正解だったとしか思えない。
ロータスは私の言葉に目を見開いて呆然としている。
辺境伯の息子で、アイリスの幼馴染だもんな。王配に一番近い人物だ。こんなに怒鳴られたことがないに違いない。
そんなロータスは捨て置いて、今はシナリオのフラグを折る方法を考えなければ。
一番は暗殺を企てる奴らを先に捕まえてしまえばいい。
そうすれば両国間が疑心暗鬼に陥ることはない。
さらにアイリスは怪我をすることなく、サルファー皇子の興味がアイリスに向くこともない。
しかし暗殺を企てている人物は帝国の外交団の中に隠れている。
しかもプロの暗殺者だ。私一人ではどうにもならないだろう。
すでに外交団が到着している手前、頼りになるグレイ隊長は護衛としてクロッカス殿下に付きっきりだろう。アンバーも同様だ。
ロータスの話を一応知っているマゼンダ団長は女王陛下に付いているだろうし、ジェードも『王の影』として女王陛下の護衛をしているだろう。
フォーサイシアとネイビーは教会だから、一旦城を出ないと会えない。その間に暗殺が実行されゲームが始まってしまうかもしれない。
フラックスは何処にいるかわからないが、証拠が何もない分信じてくれなさそうだし……。
残るは院長だ。院長こそ何処にいるかわからないが、帝国の外交団が来ているのだ。『王の影』として城の中に潜んでいる可能性が高い。
でもきっと、院長なら信じてくれる。
―――こうなったら恥を忍んで、院長を呼びながら城の中を走るしかないか。
不審者待ったなし。暫く可哀想な物を見る目で周囲から遠巻きにされるかもしれないが、戦争になるよりもマシだ。
決意を固めてロータスの上から退いた瞬間。
「うわぁ!?」
頭上から『誰か』が落下してきた。