不可侵条約
「サクラさん? どうかしましたか?」
自分の思考に没頭していたら、アンバーが訝し気に声をかけてきた。
はっと顔を上げれば、グレイ隊長まで怪訝そうな顔で私を見ている。
「あ、すみません。なんでもないです。その、外交団の方って、いついらっしゃるんですか?」
慌てて質問を口にする。
ゲームの内容を覚えてないにしても、情報収集はしておこう。
もしかしたら何か思い出せるかもしれない。
「一週間後ですよ。おかげで殿下も忙しくされています」
アンバーは相変わらず訝し気に私を見ながらも答えてくれた。
これにもクロッカス殿下が関わってるのか。
ゲームのラスボスだもんな。シナリオには関わらないといけないから、どんな形であれ関わらないといけないんだろう。
それは私に会う時間なんてあるはずがないよね。
納得はするとともに別の心配が浮かぶ。
「でも殿下は普段の仕事とこの前の教皇の件もあるでしょう? 帝国の事まで関与しないといけないとなると忙しすぎじゃないですか?」
忙しすぎてうっかり過労死するんじゃないだろうか。
殿下は院長が過労死する心配をしていたが、その前に自分の心配をしてほしい。
私の発言に側近二人は苦い顔になる。
「そうなんですけどね……」
「殿下がいたほうが交渉が楽っていうか、スムーズっていうか……。こればっかりは替えが効かないんだよな」
「替えが効かない……? 女王陛下や他の貴族ではダメなんですか?」
殿下以外にも交渉が得意な人材くらいいるだろう。
アイリスも形だけだとしても女王陛下なんだからやれることはあるはずだ。
側近二人は黙って顔を見合わせる。
それだけで会話が成立したのか、アンバーが私に語り出した。
「では順を追って説明しますね。17年前になりますが、我が国とサルファー帝国の間で争いが行われていました。帝国から仕掛けられた戦で、我が国は防戦一方。領土を奪われるのも時間の問題だと言われていました」
朗々と語るアンバーに、何故か懐かしい気分になる。
なんでだろう。孤児院で院長の授業を聞いているような感覚に陥ってしまう。
謎の既視感に苛まれる私を余所に、アンバーの話は続いていく。
「そこで援軍に派遣されたのがクロッカス殿下でした。負けも濃厚の中の援軍なんて、殿下に負け戦の責任を押し付けるだけの何物でもなかったのですが……殿下はそこから勝利を収めて帝国を追い返し、不可侵条約を結ぶことに成功しました。そして現在、帝国とは友好的な関係を保っています」
「帝国は今でも他国に侵攻を繰り返して領土を広げてるけどな。ウィステリアが攻められないのは殿下を怖がってるからだって噂だぜ」
側近二人がどことなく誇らしげに語る。
しかしそれはそれで疑問が残る。
「それなら殿下は帝国に恨まれてるんじゃないですか? それなのに関わったら命を狙われたり、また戦争する理由付けにされるんじゃ……」
私の質問にグレイ隊長は困ったように頭を掻く。
「まぁ……恨まれてるだろうが……」
「それよりも恐怖の方が勝ってるんじゃないでしょうかね」
アンバーは対照的に楽し気な笑顔だ。
そこでピンときた。
不利な状況を覆すのに、クロッカス殿下は策を立てたはずだ。
恐らく普通じゃない方法で。
しかも敵を15年以上も怖がらせるような戦法を。
「……殿下は何をしたんですか?」