逢い引き
尻切れトンボのような終わり方をしてしまったが、グレイ隊長に言いたいことは言ったし帰ろう。
そう思って廊下を歩き始めた途端に、アンバーにバッタリ出会した。
「おや、サクラさん」
「げっ」
「げって何ですか。失礼な」
アンバーが憮然とした様子で眼鏡を持ち上げる。
嫌味か何か飛んできそうだから、単独で会うのが苦手なんだよね。クロッカス殿下やグレイ隊長が一緒ならいいんだけど。
確実にアンバーとの初対面が尾を引いている。
もちろん、そんな事を言ったら本当に嫌味が飛んできそうなので全力で誤魔化す事にした。
「急に角から出てきたからびっくりしただけで、他意はないです。本当に」
「......そうですか。なら良いです。それよりグレイを見ませんでしたか? 探しているんですが、見当たらなくて」
アンバーはとてつもなく疑わしそうな顔をしていたが、あっさり話題を切り替えてくれた。
どうやら人探しの最中だったらしい。私の事よりそちらを優先したのだろう。
「グレイ隊長なら、マゼンタ団長に会いに行くって言ってましたよ」
ロータスの事は伏せておく。
私が言うよりグレイ隊長が直接報告した方が良いだろう。グレイ隊長なら殿下やアンバーに隠さずに伝えるだろうし。
それに迂闊な事を言ってまた厄介事に巻き込まれたくない。
先程は野次馬根性を出してしまったけど、もういい加減に学習したので早々に話題を切り上げて帰ろう。
そんな私の決意は鼻で笑うようなアンバーの次の言葉で彼方に吹っ飛んでいってしまった。
「仕事中に逢い引きですか。真面目な振りして問題行動を起こすのは昔から変わってないですね」
「え?」
逢い引きとは。
男女が隠れて会う事、もしくは人目を忍んでデートする事である。
国語辞典の引用が頭を駆け巡る。
誰が? 誰と??
話の流れからしてグレイ隊長とマゼンタ団長だ。
「え!? あの二人、そういう......!?」
驚いて声をあげれば、驚いた私に驚いたようにアンバーが目を丸くする。
「見ればわかるじゃないですか」
「わかりませんよ!? 仲悪そうでしたけど!?」
以前、フラックスに絡まれて助けられた後、二人とも険悪そうだったんだけど。
そういう仲なら、あれはなんだったんだ。
「お互いの立場があるから人前だと仲悪い振りしているだけで、実際は仲良いですよ」
「じゃあ隠してるんじゃないですか!?」
しれっとした顔で説明するアンバーに近づいて、慌てて声を潜める。
二人が秘密にしたいなら、こんな往来で話していい事じゃないだろ。
しかしアンバーは慌てず騒がず肩をすくめた。
「隠したいにしてはお粗末ですから、いっそバレたいのかと思いまして。そこのところ、どうなんですか。グレイ」
話しながらアンバーが振り返ると、そこにはグレイ隊長が憤怒の表情で拳を振りかぶっていた。
当たったら頭蓋骨が粉砕するんじゃないかと思う勢いでアンバーに向けられた拳は、いとも簡単に避けられてしまった。
「嬢ちゃんに変な事、吹き込んでんじゃねーよ。アンバー」
「変な事なんて言ってませんよ。探しましたよ、グレイ」
今にも胸ぐらを掴んで殴りかかりそうなグレイ隊長に、アンバーは涼しい笑顔を向けた。
この二人も仲が良いのか悪いのかわかんないな......。