攻略対象
そんなこともありつつ、仕事に追われながら日々が過ぎていく。
グレイに怖いことを言われたせいで数日間周囲を警戒することになったが、そんな人影も形も見当たらない。 もしかして揶揄われたのかな? でもアンバーと違ってグレイがそんなこと言うとは思えないし……。
悶々としながら書類を運んでいたら、横の窓から風が吹き込んできた。手元の書類が数枚舞い上がって床を滑っていく。
慌てて追いかけると、紙は見知らぬ誰かの足元で止まった。執事服の少年のようだ。少年は足元の紙を拾い上げる。
「あ、すみません!」
声をかけるとその少年は振り返った。同じ年ぐらいだろうか、背は私の目線の高さほどだ。深緑の短髪に吸い込まれそうな翡翠色の瞳。まだ幼さが残る顔立ちにも関わらず、大人びた雰囲気で執事服を完璧に着こなしている。
そして顔がいい。絶世の美少年だ。
これはまさか。
顔を引きつらせた私とは対照的に、少年は私を見て大きく目を見開く。
「サクラ……?」
「え……?」
なんで私の名前を知っているのか。こんな美少年知らないぞ。
不審を顕にする私に対して、少年は懐かしそうに頬を緩める。
「僕だよ、ジェードだ。久しぶりだね」
「え!? ジェード!?」
驚いた。まさか孤児院にいた子とこんなところで再会するとは思わなかった。
ジェードは私の一つ下で、孤児院にいたころはよく面倒を見ていたし、ジェードも私の後を付いて回っていた。ただ、ジェードは私と違って頭もよくて、魔法の腕も天才的だと大人に褒められていた。最終的にジェードは何処かに引き取られて会えなくなってしまったけど、王宮で執事なんてしてたのか。そういう家の養子にでもなったのかもしれない。
それに男の子なのに凄く可愛い顔してるとは思ってたけど、こんな美少年になってるとは。将来が恐ろしい。
「久しぶりだね、ジェード。気づかなかったよ、ひょっとして声変わりした? でもなんだか……聞き覚えのある声に……?」
「うん、最近少し声が低くなったけど……どうしたの?」
首を傾げるジェードの顔をマジマジと見る。そしてこの、聞き覚えのある前世の声優と同じ声。
やっぱり攻略対象じゃないか!!
孤児院であんなに一緒にいたのに気づかなかったよ! そもそもこの世界が乙女ゲームの世界って気づいてなかったけど!!
ジェードは女王陛下付きの執事だ。しかしそれは表の顔。裏では王様や王太子を守るための『王の影』とかいう組織に属している。王様を守るためなら護衛だけじゃなく暗殺もこなす裏の顔もある『王の影』でもトップクラスの実力で、幼いながら主人公のアイリスの『影』に任命されたって設定だった。
ゲームで彼は無表情で口数も少なく、主人公を執事として陰から支える謎の多い美少年として登場する。
それは『王の影』になるための過酷な修行で彼は心を閉ざしてしまったからだ。どんな相手でも殺せるようにと修行で苦楽を共にした仲間を殺すように命令され、逆らえず実行してしまった自己嫌悪からである。
そんな彼の心を溶かして交流するストーリーが彼のルートだと展開されるはずだ。
この子だけ設定はちゃんと覚えてるよ。
妹の推しだったからね!
聞き流してても横でずっとマシンガントークされてたから!
ちょっと待って。
私のいた孤児院、そんなヤベー組織と繋がりがあるの???
ジェードが殺した仲間って、ひょっとして孤児院から引き取られた他の子たちとかだったりします?
怪しいとは思ってたけど、やっぱりあの孤児院真っ黒なのでは!?
どういうことですか、院長!?