木を隠すなら
なんだかんだで時間を取られ、約束の時間より遅くなってしまった。
出来る限り急いで向かうと、いつもの訓練所にグレイ隊長が待っていた。
慌てて目の前まで駆け込んで頭を下げる。
「遅くなってすみません! 実は......」
「今度は女に絡まれたんだろ。知ってるぜ」
耳が早い。
頭を上げれば、グレイ隊長が呆れているのか同情しているのか、半々の顔で私を見ていた。
「嬢ちゃんの巻き込まれ体質は父親似だな。流石にちょっと同情する」
「そんなところは似たくないんですけど......。でも孤児院にいた時はこんなにトラブルに巻き込まれませんでしたよ」
トラブル体質が遺伝だと言うなら、孤児院でも色々起こっていそうなものだ。
しかし実際はとても平和だったし、事件に巻き込まれた事もなかった。
グレイ隊長は少し考えてから口を開いた。
「孤児院に結界でも張ってあったんだろ。あいつは嬢ちゃんが生まれた時から過保護だったからな。嬢ちゃんが最初に巻き込まれたのも、孤児院の外だろ」
「確かに院長が孤児院に結界を張ってあるって言ってましたけど、あれは集めた子どもの保護のためじゃないんですか?」
「嬢ちゃんのために決まってるだろ」
キッパリ断言するグレイ隊長。
あの規模の結界を常時維持しておいて、それが全部私のためだった......?
呆れよりもちょっと恐怖を感じるレベルだ。
私は『スノウ』じゃないんだけど、それでもそんなに守られてたのか。
院長には普通に接してただけなんだけど、それが余程嬉しかったんだろうか。
疑問を覚える私に、グレイ隊長は言葉を続ける。
「木を隠すなら森の中って言うだろ。もし嬢ちゃんが生きてるってバレても、周りに似たような子どもが大勢いれば探すのに少しは時間がかかるだろ。その間にこっちは身代わりでもなんでも仕立てて、嬢ちゃんを逃せばいい......って、あいつは考えてたと思う」
「血も涙もない......」
院長が『ずっと一緒だった』って言うグレイ隊長がそう言うんだから、実際にそうなんだろう。
私は孤児院の皆を家族だと思ってたけど、院長からするとただ単に私の身代わりを置いてあるだけだったのか。
相当認識にズレがあるな。
そこのところ、やっぱり殴り合ってお互いに理解を深めた方がいい。
院長との話し合いの内容が増えたのを心に刻んで、私はグレイ隊長に向き直る。
今日の話は院長に関する事が本題じゃない。
「グレイ隊長」
「なんだ?」
いつもと変わらない、優しい眼差しのグレイ隊長。
それが本心なのか、大人として建前なのかわからないけど、私は頼る事しか出来ない。
「私、クロッカス殿下に会いたいんです。会わせていただけないでしょうか」
グレイ隊長は微かに目を見張った後、いつもの頼れる大人の笑みを見せてくれた。
「ああ、もちろんだ。嬢ちゃんの頼みならな」