生きているから出来る事
憤慨していると、フラックスはまだ私をじっと見つめていた。
「タイミングが合わないだけなら良いが、クロッカス殿下と何かあったなら早めに動いておけよ」
その目は真剣な物だ。
『真実の水鏡』を思わせるその瞳から、思わず目を逸らしてしまう。
「わかってますよ。いくら優しくても殿下は王族で、権力者なんですから機嫌を損ねるような真似はしません」
実際、親子と思えないと告白した時も国から追放される覚悟決めてたくらいだ。
しかしフラックスは静かに首を横に振った。
「違う。そういう事ではない」
あまりに静かで真剣な声色に、視線をフラックスに戻す。
そこには変わらず、真実を映すようなスカイブルーの眼差しが向けられていた。
「先程の教会の件もそうだが、クロッカス殿下は自分が全ての泥をかぶって女王陛下に政権を渡す気だ。死ななければいけない、と殿下が話していたのを一緒に聞いただろう。俺が見ていても、ご自分が亡くなる事を計算して動いている節がある」
そこで彼は目を閉じて、少し言いづらそうに口を開いた。
「死んでからではどんな言葉も思いも届かないぞ。後から後悔しても遅いんだ」
再び開いたその瞳には、悲しみと後悔がある。
「俺は父上が宰相として働いていた記録を見せてもらった。起こした事件を許す事は出来ないがーーーそれでもやはり尊敬出来る人だったと思う。例え父上が俺に親子の情がなかったとしても、大人になってから話して見たかった」
そうだ。フラックスも親子関係が複雑だった。
しかも殿下とフラックスの母親が再婚しているから、フラックスとは義理の兄妹関係である。
ちょっと親近感が湧いてしまう。
そう考えている間にも、フラックスの話は続く。
「父上も当時はそう思えなくても、時間があればいつか親子と思ってくれるかもしれない。もしくは一生無理だったかもしれない。俺も父上が生きていたら、親子でいたくないと思っていたかもしれない。どれもあり得るがーーーそれも生きていたらの話だ。お前には後悔して欲しくない」
そう言って、真摯に私を見つめるフラックス。
驚いた。私にそんな風に言ってくれるなんて思わなかった。
予想外の言葉が胸に染みる。
「そう、ですね。私も後悔したくないです」
そうだ。殿下は理由は言ってくれなかったが、死なないといけないと言っていた。
このまま殿下が死んだら、私はずっとモヤモヤを抱えたまま生きていかないといけなくなる。
父親とは思えないかもしれないけど、それならそれで踏ん切りをつけたい。もしかしたら父親と思えるようになるかもしれない。
どちらにしろ、殿下が生きている間に対話を重ねるべきじゃないか。
それでまた迷うかもしれないけど、またその時に悩めば良い。
頭を悩ませていた事に少し光明が見えた気がして、少し心が軽くなる。
そんな私の顔を見て、フラックスが微笑んだ。
「少しは役に立ったようだな」
「とっても、ですよ」
思わずはにかみながら答えてしまう。
しかし、フラックスの話ぶりから私と殿下の関係に気付いているような口振だ。
フラックスは頭が良いから、普通に気づいていたのかも知れない。
この前まで曖昧な噂で女子に喧嘩吹っかける輩だったのに。男の子の成長って早い。
「フラックス様は大人になりましたね。そういう考え方が出来るのは素敵だと思います」
私の言葉に一瞬詰まったような顔をして、なぜか片手で自分の顔を隠してしまった。
「......やっぱりお前は悪い女だ」
「だから何でですか!?」
せっかく褒めたのに。解せぬ。