職場にて
「クロッカス殿下と何かあったのか」
閑散とした職場で、フラックスから突然尋ねられて驚いた。
部署の皆さんはいつも通り定時退勤していて、残っているのは私とフラックスだけだ。
「そ、そんな事ないですよ?」
急な問いかけに焦ってどもってしまった。ついでに目も泳いだ気がする。
案の定、フラックスは目を眇めた。
「嘘をつくな。今まで結構な頻度で殿下の執務室を訪れていただろう。なのに最近はアンバーも呼びにこない。お前、何かやらかしたのか?」
フラックスに言われるなんて意外だ。
少し前に和解した義理の父親が若い女の子に現を抜かしてると思っているから、私の動向に注目していたのかもしれない。
フラックスが喧嘩を売ってきた、もとい話しかけてきたのもそれが原因だし。
もしくはアンバーに書類を突っ返された後に私も『先生』として一緒に残っていたので、その後に殿下の執務室に連れて行かれるのを見かけたのか。
今、残っているのも案の定、アンバーに突っ返されたせいである。
「殿下の機嫌を損ねたわけじゃないんですよ? このところ殿下はお忙しそうですからね。フラックス様の方が詳しいのではないですか?」
親子云々なんて言えるわけがないので、何とか話を逸らして答える。
実際に殿下は普段から忙しいし、この前の教皇関連のゴタゴタで更に忙しくしているらしい。
「教皇の件は殿下の部下も関わっているからな。忙しいのはそうなんだが......。サクラもその件には巻き込まれたんだろう? お前の方が内容は詳しく知っているんじゃないか?」
皮肉混じりに返されてしまった。
「事件の内容は知ってますけど、その後の事は知りませんよ」
なんせ新聞もテレビもないのだ。
公的に知らされなければ、曖昧な噂しか庶民は知らない。
教皇が自白して今の地位を降りるのもフォーサイシアから初めて聞いたし、次の教皇は誰が有力候補なのかとかも知らない。
「そうか。貴族からすれば殿下が教皇を脅して自白させたと噂されているから、教会はそこまで非難の的にはなっていない。殿下も否定すれば良いのに黙っているから尚更だ」
「それは......」
やっぱり殿下が悪く言われてるのか。
これはグレイ隊長が悪いな。人前で脅すような事を言うからだ。
しかし教皇も自白するとは思えないし、実際脅したから殿下も否定してないだけな気もする。
「むしろ教会であろうと殿下は情け容赦ないと思われて、貴族も教会関係者も女王陛下を頼ろうとする動きが大きくなっている。殿下もそれを踏まえて口を閉ざしているんだろうがな。だから、次の教皇は女王陛下と親しいフォーサイシアが選ばれるかもしれない」
「そうなんですか? でもフォーは辞退しそうな気がします」
まだ若輩者なので私には務まりません、とか言いそう。聖職者だけあって欲がないからな。
「......フォー?」
怪訝そうな顔をされたのを見て、ようやく自分の失言に気づく。
「すみません、フォーサイシアの事です。本人にそう呼んで欲しいって言われまして」
「......そうか。随分親しくなったんだな」
「そうですね。フォーは年上なだけあって気遣いも出来て優しいし、フォーの兄のネイビーとも仲良くなれました」
これで仲良くなったと思っているのは私だけだったら悲しい。
ネイビーは幼女なので素直に友達だと思ってくれてそうだけど、フォーサイシアはどうだろうか。
二人とも友達だと思ってくれてたら嬉しいな。
双子の事を考えていたら、ふとフラックスが静かな事に気がついた。
フラックスに視線を戻すと、何故か責めるような目で私を見つめるフラックスと目が合った。
「サクラは悪い女だな」
「なんでですか!?」
なんでだ。解せぬ。