モブ同士
もうすぐ日が沈む。王都は治安がいい方だけど、できれば暗くなる前に帰ろうと思い足を早めて城門に向かう。
孤児院は王都の外れにあって遠すぎるため、仕事で連れてこられた時に近くに引っ越した。おかげで院長には会えないままだ。
院長には文句も言いたいけど純粋に話を聞いて欲しい。孤児院にいた時みたいに穏やかに何でもない話をしたい。
なんだか思春期の頃を思い出す感覚だ。この感覚も身体に精神が引っ張られているんだろうか。
「あ、サクラちゃん!」
城門を抜ける前に呼びかけられて振り返ると、そこには先日の騒動で出会ったチュートリアルの敵役兵士―――モーブ君こと通称モブ君がいた。
「モブ君! 仕事終わり?」
「いや、まだなんだけどサクラちゃんを見かけたからさ」
人懐こい笑みを浮かべるモブ君。前髪で両目が隠れていて、中肉中背の目立ったところのない―――こういってはなんだが、髪色とか服装を変えれば使いまわせる感じの容姿である。
でも最近会ったのが美形ぞろいなせいかモブ君を見るとめちゃくちゃ安心する。まるで実家に帰ったような安心感。偶然再会して歳も近いおかげか仲良くなったけど、是非友達でいてほしい。
「サクラちゃん、大丈夫? なんか疲れてるみたいだけど」
「あー、うん。仕事にまだ慣れないせいかな……」
仕事のせいもあるけど、確実にアンバーと話した精神的疲労感の方が大きい。思わず遠い目をしてしまった。
「無理しない方がいいよ。こっちの生活も慣れないんでしょ? ゆっくり休むか、パーッと遊びに行くかしなよ。良かったら俺と―――」
「仕事中にナンパとはいい度胸だな」
モブ君の肩に手が置かれる。目を向ければそこにはグレイの姿があった。
「ち、違いますよ、隊長! そんなんじゃないです!」
「そうですよ、モブ君は親切で言ってくれてるだけです」
「嬢ちゃんはもうちょっと男に警戒した方がいいんじゃないのか?」
グレイが呆れた顔で私を見る。なんでだ。私みたいな人に埋没するモブ顔で一々警戒してたら自意識過剰と笑われるのが落ちだぞ。
そんな私の心情を気にせず、グレイはモブ君の肩を掴んだまま言葉を続ける。
「あとな、生半可な気持ちで嬢ちゃんに近づこうとするなよ。死ぬぞ」
「なんで!?」
これには私が驚いた。なんで近づくだけで生死を問われなければならないのか。私は爆発物か何かか?
「嬢ちゃんが悪いわけじゃないんだ。ただ嬢ちゃんの事となると周りが見えなくなって手段を選ばない馬鹿がいるんでな」
「そんな頭おかしい人、いるわけないじゃないですか」
絶世の美女とかゲームの主人公のアイリスならそういうメンヘラが一人や二人くらいいるかもしれないけど。私はありえないだろう、誰かと勘違いしてないか?
しかしグレイは私に視線を合わせ、真剣な表情を浮かべた。
「本当にヤバい奴はな、本性隠してるもんなんだよ。安心しろ、いざとなったら俺が守るから」
顔がいい。
こんな男前に『守る』とか言われたら胸キュンせざるを得ないシチュエーションなのに、心にあるのは不安だけだ。
「グレイ隊長がわざわざ守らないといけないくらいのヤバい人なんですか……?」
「ああ、そうだ」
ルートボスがわざわざ出張るくらいの強さってこと?
好き好んで私なんかに執着するヤバそうな人心当たりがないけど。
不安しかない私を安心させるようにグレイは笑顔を見せた。
「嬢ちゃんには本性知られたくないだろうから、表向きには干渉してこねーよ。嬢ちゃんは普通に過ごせばいい」
「今の話聞いて普通に過ごせませんよぉ」
「俺が守るから安心しろって。これでも結構強いからな」
グレイは半泣きの私の頭を慰めるようにぐしゃぐしゃと撫でてくれる。
モブ君とは違う頼れる安心感。感覚としては親戚のおじさん的な。
就職先間違えたかもしれない。
「グレイ隊長にわざわざそんなこと言ってもらったら、安心せざるを得ませんね。そんなヤバそうな人見かけたら即行で助けを求めますんで、よろしくお願いします」
「おう、任せとけ」
胸をはって笑うグレイに、こちらも笑顔になる。
頼れる大人だ。男前で腕っぷしも強くて、知り合って間もない孤児を守ってくれる面倒見の良さ。おまけにクロッカス殿下の騎士。
アンバーと違って誠実そうな分、普通にモテそうだ。
むしろなんで結婚してないのかが疑問。乙女ゲームだからか?
「おっと時間取っちまったな。悪いな、嬢ちゃん。気を付けて帰れよ」
「はい、お仕事頑張ってください!」
「大丈夫? もうちょっと待ってくれたら送ってくよ?」
心配そうなモブ君に笑顔を見せる。
「大丈夫だよ! まだ明るいし、心配してくれてありがと!」
手を振って二人に別れを告げる。
さぁ。明日も頑張ろう!
「さっきの話聞いてまだ嬢ちゃんに関わる気あるのか。やるな、お前」
「だ、だから、そういうのじゃないですって。隊長!」