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番外編~18年前の出来事~

18年前、クロッカス殿下とリリーが王都に着いた時のお話です。

 月の無い、星明かりだけの夜だった。

 揺らめく蝋燭の炎が広く簡素な部屋を照らしている。

 先導して部屋にやってきたクロッカスは、後ろにいた人物に声をかけた。


「王都まで長旅で疲れただろう。この部屋は好きに使っていい。ゆっくり休んでくれ」

「ありがとうございます、クロッカス殿下。ですが、殿下とご一緒に馬車で来れましたから、疲れていませんわ」


 クロッカスに答えたのは妙齢の女性だった。雪のように白い髪が蝋燭の炎に煌めき、その輝きに負けない金の瞳をしている。

 クロッカスは彼女を見て苦笑した。


「座っているだけも疲れるだろう。今日はもう休んで、明日また話そう」


 そう言って、クロッカスは部屋を出ようとする。

 しかし、その途中で歩みを止めて振り返った。


「そういえば、君が捜している―――」


 言いかけたクロッカスを、女性が頭を庇うように押し倒す。

 直後、クロッカスの頭があった場所を光の筋が走った。

 その光が小振りなナイフの一線だということをクロッカスが理解したのは、地面に倒れこんで攻撃を仕掛けた人物を見上げてからだった。

 クロッカスを庇うように即座に立ち上がった女性と対峙したのは、幼なげな少年だった。

 ナイフを振り翳す少年は、苛立ちを隠さずに叫んだ。


「なんで邪魔するの、姉さん!」

「え……貴方は……」

「ひょっとしてリリーの弟か? そっくりだな!」


 クロッカスを睨む少年は、リリーと呼ばれた女性と同じく白い髪と金の瞳をしていた。10歳前後の幼い顔立ちもリリーとよく似ていて、数年後にはリリーと同じように人並み外れた美貌の持ち主になるだろう。

 少年は美しい顔を歪めて、クロッカスに食ってかかる。


「お前が姉さんのいた村を焼いて、姉さんを連れてきたのは知ってるんだからな! 姉さんをどうするつもりだ!?」

「村を焼いたのは事実だが、色々事情があったんだ。話を聞いてくれ」

「どんな事情だ!!」


 今にも再び飛び掛かりそうな少年に、クロッカスは起き上がりながら片眉を上げる。


「そもそも村を焼こうって言いだしたのはリリーだ。オレは止めたぞ」

「え?」


 思わず動きを止めた少年がリリーを見る。

 リリーはクロッカスに手を貸しながら、にこやかに頷いた。


「燃やした方が早いと思って」

「なんで!?」


 混乱する少年を見て、リリーの手を借りて立ち上がったクロッカスは思案顔になる。


「そうか……。お前はあの村の現状を知らなかったのか……。それなら仕方ないな」


 クロッカスは一人頷くと、再度少年の方を向いた。


「とりあえず座れ。説明するから落ち着いて話し合おう」


 そう言われた少年は混乱はあるものの、未だに警戒感剥き出しの野良猫のようにクロッカスを睨んでいる。

 クロッカスはそれを無視して、ソファに腰を下ろした。殺されかけたとは思えない、緊張感を感じさせずに足を組む。

 リリーは困ったようにクロッカスと少年を交互に見つめ、最終的にはクロッカスの側に身を置いた。

 それを見やり、苛立たし気に少年が口を開いた。


「そもそもあの村は隠れた場所にあったのに、どうやって見つけたの?」


 いまだに刺すような殺気を向ける少年の視線を軽く流して、クロッカスが思い出すように目を瞑る。


「それがだな。王家の直轄地からの帰り道にドラゴンに襲われて」

「ドラゴン!?」


 余りにも斜め上の回答に少年の殺気が思わず薄まる。

 クロッカスは構わずに語り続ける。


「ああ。ドラゴンなんて目撃情報も少ない最強種のはずなんだが。急に空から降りてきて、ブレスを吐いてきたんだ。特にドラゴンの目撃情報がある土地でもなかったんだがな」

「ボクだって見た事ないよ。大惨事じゃん」


 ドン引きしている少年を、クロッカスは再び瞼を持ち上げて静かに見つめた。


「その時は私を護衛してくれていた者たちが大勢いたからな。咄嗟にオレが障壁を張ってブレスを防いだ」

「咄嗟で防げるんだ。ドラゴンのブレスなんて一流の冒険者じゃないと防げないと思ってた」


 困惑する少年に、クロッカスは肩を竦める。


「ただ咄嗟だったのでな。完全には防ぎきれなかった。ブレスの風圧に耐えきれずに飛ばされたんだが、たまたま飛ばされた先が崖だったんだ」


 この時点で話にツッコミを入れるのを諦めたのか、少年は黙って静かにクロッカスを睨み続けている。


「だが護衛の者たちは全員怪我もなく無事だった。ドラゴンもそのブレスだけで満足して飛び去って行ったと聞いている。皆に怪我がなくて良かった」

「第一王子に被害が出てる時点で良くないですよ」


 朗らかに笑うクロッカスに、リリーが仕方のない人だと呆れたように笑う。

 微笑み合う二人を少年はイライラしながら見て先を促す。


「それで?」

「そんなわけでオレは断崖絶壁を転がり落ちたが、魔法で衝撃を押さえられたからか運よく怪我はしなかった。だが崖の上に戻る道もないからな。偶然、近くにあった村で道を聞こうと思ったんだが―――」


 そこまで言うとクロッカスはため息をついて眉を寄せた。


「その村はおかしな新興宗教に支配されていてな。村に入った途端に捕まって殺されかけた」

「一日に何回死にかけてるの?」

「あの日は本当に死ぬかと思った」


 思わずツッコミを入れてしまった少年に、クロッカスは遠い目になる。

 しかしそれをすぐに切り替えて、クロッカスは少年を睨んだ。


「だがお前の親族はそんな村にリリーを置いていったんだぞ。何を考えているんだ」

「え!?」


 今まで関係ないと思っていた話が急に飛び火してきたせいか、少年が明らかに動揺する。


「そんなはず……。ボクは直接行けないから偵察は出してたけど、いつも『問題ない』って……」


 視線を右往左往させながら答える少年に嘘はないと判断したのか、クロッカスは顎に手を当てて考える。


「......新興宗教があることがデフォルトだったなら『問題ない』と言うんじゃないか? もしくは、偵察していた者が新興宗教を信仰していて、それが『問題ない』と思っていたんだろう」


 少年は暫くクロッカスを見つめ、その考えが正しいと思ったのか頭を抱え始める。

 クロッカスはそんな少年からリリーに目を向けて微笑んだ。


「オレが殺されかけた時に助けてくれたのがリリーだ。彼女も村の現状を嘆いていてな。私も捕まったままだと帰れないからな、協力して村人を説得しようという事になったんだ」

「そうですね」


 リリーも同意するように頷く。

 クロッカスはそれに目を細めると、再び少年の方を向いた。


「だが村人は話を聞くどころか話が通じなくてな。仕方ないので二人で村を焼いて出てきた」

「話し合いから急に暴力に舵を切るな」


 急な話の方向転換に風邪を引きそうな顔の少年に、クロッカスは憂いを帯びた表情で遠くを見る。


「あの村を放置しておくと良くないことが起きるとリリーが言っていた。オレも同感だ。良くないモノが呼び出されると感じた。お前も見ればわかる。ーーーむしろその影響で、村人達も正気ではなかったのかもしれない」


 どこまでも沈痛な面持ちで語るクロッカスだが、横でリリーが心配そうに見つめているのに気づくと安心させるように微笑んだ。


「そんなわけで住んでいた村を無くした彼女に近くの町まで案内してもらった。勿論、助けてもらったのだから何か礼をしなくてはと思い、リリーに尋ねてみたら『王都にいる弟に会いたい』と言うのでな。ここまで連れてきたんだ」


 そこまで語って、クロッカスはいまだに疑いの眼差しを向けている少年を見つめた。


「これからお前を探そうと思ってたんだ。来てくれてよかった」


 リリーに向けるのと同じ、柔らかな笑顔。それをきっちり5秒、瞬きもせずに見つめた後にようやく目を瞑る。

 そして少年はクロッカスの前で膝を折り、首を垂れた。


「数々の非礼をお詫びします、殿下。姉を助けていただき、ありがとうございます」

「リリーに助けられたのはオレの方だ。お前もリリーが心配だったんだろう。姉思いの良い子だ」


 今までとは打って変わって敬虔な臣下の礼を取る少年を面白そうに見つめて、クロッカスは彼の頭を撫でる。

 それに少年はピクリと指先を反応させたが、首を垂れたまま撫でられ続けている。

 しかしそれが続くと、とうとう声を震わせながら口を開いた。


「……ボクは貴方とそんなに歳が変わらないので、子ども扱いしないで下さい」

「そうなのか? 10歳くらいかと思った」

「16歳です! これから背が伸びる予定なんですよ!」


 クロッカスが手を離すと、少年はむくれて涙目になっていた。


「私も久しぶりに見たのに全然変わってなくてビックリしちゃったわ」

「姉さん!!」


 思わず抗議の声を上げる少年に、クロッカスもリリーも楽しそうに笑った。


「頭を上げていいぞ。それにしても、今の話よく信じてくれたな。正直に話してもシアン―――オレの親友しか信じてくれなかったのに」

「普通はドラゴンに襲われたところから嘘だと思われるでしょうね。ボクは貴方が一度も嘘をついていないことくらい『視れば』わかりますから」

「―――お前、」


 何かに気づいたクロッカスが驚いた顔で何かを言いかけたが、それよりも先に少年はリリーに笑顔を向けた。


「さぁ、帰ろう。姉さん。ボク、一番偉くなったから今度は誰に言われても姉さんを遠くに行かせたりしないし、守ってあげるからね」


 純粋に姉の帰りを待ちわびていた子どものように、少年はリリーに手を差し出す。

 しかしリリーはその手を暫く見つめて、首を横に振った。


「ごめんなさい、アンバー。まだ帰れないわ」

「「え」」


 リリーの弟―――アンバーに限らず、クロッカスまで驚きの声を上げる。


「なんで!? ボクを探してたんじゃないの!?」

「そうなんだけど……でも私、殿下の事を放っておけないの」


 絶句。

 信じられない顔でアンバーはリリーを見つめた後に、ばっとクロッカスを睨む。


「姉さんを誑かしたな!?」

「違うぞ。人聞きの悪いことを言うんじゃない。―――リリー、君は弟のところに帰れ。オレの近くにはいない方がいい。具体的に言うと、またドラゴンに襲われたりするから危険だ」

「なんでまたドラゴンに襲われるんですか?」


 真顔でリリーを説得にかかるクロッカスに、アンバーが困惑の声を上げる。

 クロッカスも困った顔でアンバーを見つめた。


「オレは昔から事故や事件で死にかけるような目に合うんだ。オレ自体は大した怪我を負わないが、周りに被害が出るから必要最低限しか人を置かないようにしている。ドラゴンに襲われたのは初めてだったが、リリーと村を出て町に行く途中でもう一度襲われたんだ。あれはオレを崖の下に落とした奴だったな」

「なんでドラゴンに二回も襲われてるんですか。『呪われた王子』って噂、本当だったんですか? 話半分に聞いてました」


 アンバーは目を瞬かせて口に手を当てる。

 それも本当だと理解したのだろう。完全に引いた眼でクロッカスを見ている。

 しかしクロッカスはふっと笑って拳を握る。


「でも襲ってきたドラゴンをリリーは一撃で倒してくれたんだ。世界一かっこよかったぞ」

「女の子は大人しくしてなさいってよく言われたんですけど、褒めてくれたのは殿下が初めてです」

「何を言ってるんだ。君は戦っている姿が一番綺麗だよ。もちろん、戦闘だけじゃなくて色々な事に挑戦して努力して、挑み続ける君の姿勢は美しいな」

「殿下……」


 お互いに見つめ合い微笑み合う二人に、アンバーが割って入った。


「話が違う! 姉さんを誑かすな!!」

「違わないぞ。今は別れの挨拶の途中だっただろう」

「どこが!?」


 眉を寄せるクロッカスにアンバーが噛みつく。

 しかしクロッカスが『本当にそう思っている』事を察したのか、歯ぎしりをしてそれ以上言うのを止める。

 対してリリーはクロッカスの手をそっと掴んだ。


「私を殿下のお傍に居させてください。私が殿下を守ります」

「リリー……。やっぱり君は世界一かっこいいな」

「そういう殿下は可愛い人ですね」

「オレにそんな事を言うのは君だけだよ」


 手を取り合う二人にアンバーが頭を掻きむしる。


「王族の傍に居たっていいことないよ! どうせ利用されるに決まってるんだから……傷つくのは姉さんだよ……」


 だんだんと声が小さくなるアンバーにリリーは気づかわしそうな、戸惑ったような目を向ける。

 クロッカスもそんなアンバーを見て、顎に手を当てて思案する。


「……それならお前がリリーを守ってくれないか。リリーが人目に触れると色々あるだろう。お前なら、それが出来るんじゃないか? オレの事も信用できないなら、リリーと同じくオレの近くにいて見張ればいい」


 その言葉にアンバーはピタリと動きを止める。

 そして静かに金色の瞳をクロッカスに向けた。


「―――言いましたね? 何かあればボクは王子であろうと殺します。すぐ近くにボクみたいな化け物が見張ってる事、覚えておいてください。すぐ後悔させてあげますよ」


 冷たい、少年とは思えないほど温度のない声だった。

 アンバーは一瞬見下したような視線を向けると身を翻し、忽然と姿を消した。

 後に残ったのは、アンバーの消えた場所を黙って見つめるクロッカスと、申し訳ない顔のリリーだけだ。


「ごめんなさい。昔は素直な良い子だったんですけど……」

「それだけリリーが心配なんだろう。君の言う通り、素直で良い子じゃないか」


 クロッカスはリリーを安心させるように笑顔を向ける。


 ―――翌日、クロッカスに執事が一人増えたのは、また別のお話。


過去編はこれにて終了です。

今回の話はクロッカス19歳、リリー18歳、弟16歳で書いてます。

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