父親
私の言葉にクロッカス殿下は穏やかな笑みを浮かべた。
「そうだろうな。私はお前を信頼するリリーの弟に預けたが、事情を知らないお前にとっては孤児院に捨てられたも同然だ。後から都合良く名乗り出てきただけの私を父親だとは思えないのも当然だ」
子どもに拒絶されたら少なからずショックだろうに、私と違って人間が出来ている。
私としては逆切れされて、最悪国から追放まで覚悟してたくらいだ。
優しい人だから娘にそこまでしないとは思っていたけれど、信じるにはまだ時間が足りない。
「私にとって殿下は......ついこの間出会ったばかりで、アネモネ様とフラックス様の件で少しずつ話すようになったので......その......」
「そうだな。アネモネの件がなければ私もなるべくお前に関わらないようにしようと思っていた。あいつが気を利かせて私の側にサクラがいられるようにしてくれたんだ。姿を見れれば満足だったのに、欲が出てしまった。......私のせいで、お前の心を乱してすまなかった」
クロッカス殿下は立ち上がると私の前に膝をついて、私の手を取った。
王子様みたいだ。王子様なんだけど。
「スノウとは別人かもしれないが、それでも私はお前を大切な娘だと思っている。それは覚えておいて欲しい」
殿下に真っ直ぐ見つめられ、私が何と返せばいいかわからずにいるとアンバーが口を挟んできた。
「サクラ、さん......。殿下は貴女を危険に晒したくなくて、仕方なく預けたんです。10年前、国内情勢も不安定でしたし、殿下の近くにいては命の危険がある。それに貴女は『雪の妖精』の特徴まで継いでいました。記憶のない貴女を誰かに利用されたり、傷つけられたりしたくはなかったんです」
「理由はわかります。でも感情が追いつかないと言うか......私にとって、この世界での父親は院長だと思ってたので」
私の発言を聞いて、アンバーは表情を隠すように私から顔を背けた。
何で?
それを横目に見て、殿下はふっと笑って立ち上がった。
「それを聞いたら、あいつは凄く喜ぶと思う。あいつはサクラに何かあれば、仕事も何もかも放り出して飛んで行くほどお前を大事にしていたからな」
「社会人としてダメじゃないですか」
院長と前に話した時、『サクラに何かあれば一秒以内に駆けつける』とか言ってたけど、その裏で周りに迷惑をかけているのはダメだろう。
大人なんだから。
そこで今まで黙っていたグレイ隊長が口を開いた。
「そうだな。あいつは色々問題があるし、性格も終わってるし、そもそも評判も悪いから、嬢ちゃんに嫌われると思って名前を名乗らないんだろうな」
「私に隠すよりも普段の行いを改めるべきじゃないですか?」
「ああ、そう言ってやれ」
グレイ隊長が重々しく頷く。
更にクロッカス殿下が元の椅子に座りながらため息をつく。
「あいつは『王の影』に指示を出す傍ら、別の姿で副業もしていてな。そろそろ過労死しそうだから、見かけたらサクラから注意してやってくれ。サクラの言う事なら聞くだろう」
「そんな事言われても、別の姿だと私はわかりませんよ」
殿下とグレイ隊長はわかるらしいけど、私には無理だ。
しかしクロッカス殿下は余裕の笑みだ。
「嘘に塗れようが、中身はあいつだ。よく見ればわかる。まぁ、サクラには絶対にバレたくないだろうから、別の姿で会ったら全力で誤魔化してくるだろうな。普段あいつがしないような......サクラに意地悪したり、口説いてきたりするんじゃないか?」
「そんな事をしてまで誤魔化します?」
どれだけバレたくないんだ。
そこまで聞いて私は殿下をジト目で見た。
「むしろ、そこまで言うなら殿下が院長の事を教えてくれたらいいじゃないですか」
「すまない。『サクラに正体をバラしたら殺す』と脅されていてな。ヒントを出してサクラが気づく分には何も言われていないからいいだろうが、直接バラしたらあいつは本当にやるから教えられないんだ」
「何してるんですか、院長......」
いくら親しくて義理の兄でも王族を脅すな。
呆れる私に殿下は思い出したように笑顔を浮かべる。
「あいつには初対面で殺されかけたからな。慣れてる」
「「慣れないで下さい」」
私とグレイ隊長の言葉が重なった。