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スノウ・ホワイト

 アンバーに連れられて別邸の中を歩く。

 初めて連れてこられた日の再現みたいだ。

 ただあの日みたいな緊張と混乱はない。院長と話せた分、確信と覚悟があるだけだ。


「殿下。お連れしました」

「入れ」


 アンバーが扉を開ければ椅子に座ったクロッカス殿下と、横に控えるグレイ隊長がいる。

 殿下は私を見て目を細める。


「サクラ。体調は大丈夫なのか?」

「はい、問題ありません」

「そうか、良かった。何か問題があったらアンバーに言ってくれ。私より魔法も薬も造詣が深いからな」

「お気遣いいただき、ありがとうございます」


 最後まで礼を取る私にクロッカス殿下は小さく笑った。


「あいつに私の事を聞いたか?」

「はい。でも殿下に直接聞けって言われてしまいました。出来れば一緒に話を聞いてほしかったんですけど」


 事情を知っているなら猶更一緒にいてほしかったのに。

 心の中で院長に文句を言っていると、クロッカス殿下が奇妙な沈黙を続けていることに気が付いた。

 私の視線に気が付いたのか、殿下は溜息を一つついて口を開く。


「サクラ。一つ聞きたいんだが……あいつは自分の名前を名乗ったか?」

「いいえ? ホワイトって名乗っているのは昔から知っていますけど」

「いや、そちらではない。そうか……。わかった」


 何が分かったんだろうか。


 意味が分からず首を傾げていると、殿下は私に優しく笑いかけた。


「サクラ。私に聞きたいことがあるのだろう。ここはあいつがかけた術で盗聴も透視も出来ないようになっている。遠慮なく聞いてくれ」


 院長の魔術が大盤振る舞いされているみたいだ。

 それなら私も遠慮なく話を聞こう。

 覚悟を持ってクロッカス殿下の顔を真っ直ぐ見つめる。


「私は貴方の娘ですか?」

「ああ、そうだ。スノウ・ホワイト・ウィスタリア。それが記憶を無くす前の、お前の名前だ」


 その名前を聞いて、胸の奥がざわめく。

 ―――誰かの泣き声が聞こえたような気がした。

 しかしそれも一瞬で、奇妙な感覚はすぐに消え去ってしまった。

 私以外にそのことに気づく人がいるはずもなく、クロッカス殿下の話は続く。


「10年前の反乱のあった日、アンバーとグレイが駆け付けた時にはリリーは亡くなり、お前は記憶を無くして倒れていた。何があったのか、リリーを誰が殺したのか、知っているのはお前だけだ」


 クロッカス殿下は目を瞑る。その手はきつく握られ、血が出そうなほどだ。


「だが、無理にお前の記憶を戻したいとは思わなかった。母を亡くしたお前のショックは相当だ。それこそ記憶を無くすほどに。私は―――お前まで失いたくなかった」


 アネモネの件もあるのだろう。

 記憶がある事で、真実を知る事で傷つく人もいる。

 殿下もリリーさんを殺した犯人を知りたかっただろうに、娘の為を思って真実を追求しない選択をしたのだろう。


「『真実の水鏡』で見えなかったんですか?」


 死人ですら触れれば真実を映すチートアイテムだ。

 確かアネモネの一件の後は殿下が持っていたはずである。

 記憶がなくても眠っていても、触れればリリーさんの死の真相がわかりそうなものだけども。


「お前が眠っている時に一度試したが、何も映らなかった。まるで記憶事、スノウが消えてしまったようだ」


 クロッカス殿下が瞼を持ち上げて私を見る。

 その瞳は悲しみに満ちている。

 その瞳に胸が詰まる。

 でも、だからこそ、私の正直な気持ちも伝えないといけない。


「殿下……。申し訳ありませんが、私も自分が貴女の娘のスノウだと思えません。私はサクラで……貴方の事も、父親だと思えないのです」


 ここで殿下を『父』だと言えたら感動の再会だったのだろう。

 でも私はあくまで前世の日本人の『桜』だ。

 両親も平凡な日本人だ。でも、その二人が私の両親なのだ。

 そもそも記憶もないのに親だと思えるわけがない。私はそこまで人間が出来ていないから。

 今世の家族と言えば孤児院の皆しかいない。

 勿論、嘘をついて父と呼ぶこともできたけど、きっと殿下は気づいてしまう。

 優しくて聡い人だから。

 今までの交流でそれがわかる。

 だから非難されようが、嘘偽りなくこの気持ちを伝えようと覚悟を決めていたのだ。


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