琥珀色
再び目が覚めた時、院長はもういなかった。
殴り損ねた。ちくしょう。
次は出会い頭に殴ろうと心に決めて起き上がる。
窓の外からは燦々と太陽が照っている。すでに昼過ぎだろう。
それにしても、ここはどこだろうか。
院長と話していた時から疑問だったが、暫く部屋を見回して思い出した。
ここはクロッカス殿下の別邸だ。しかも前に泊まった部屋と同じである。
前回は夜遅くに急に泊ったし、朝には早々に退散したので『豪華な部屋だったなぁ』くらいの印象しかなくて思い出せなかった。
院長と話している時は体調が万全ではなかったし、話に集中していたせいでもあるだろう。
試しに立ち上がってみても眩暈も起きない。
やっぱり『聴力強化』の使い過ぎだったんだ。必要だったとはいえ、自分の実力以上の事をするもんじゃない。反省しないと。
体を動かして自分に異常がないか確かめていたら、扉からノックの音がした。
「サクラさん、お目覚めになられましたか?」
扉越しにアンバーの声が聞こえてきた。
「はい。起きてますよ」
跳ねた髪を整える物もないのでそのまま扉を開けると、いつもの胡散臭い笑顔のアンバーがそこにいた。
「体調は問題なさそうですね。もう少しお休みになられますか? それともお食事でもお持ちしましょうか」
気のせいか、妙に上機嫌である。
しかし今はアンバーに構っている暇はない。
院長が話してくれなかった真相を確かめなければ、気になって休むにも休めない。
「いいえ、どれも結構です。それよりもクロッカス殿下にお目通り願いたいのですが」
「―――はい、是非。殿下もそれをお望みです」
私の言葉にアンバーは楽しそうに頷いた。
やっぱりコイツも知ってたんだな。
それはそうか。18年も殿下に仕えてるんだったら、幼い私とも面識があるだろうし、院長と同じで『王の影』だもんな。
「でも殿下にお会いする前に、髪くらい整えて行きましょうね。どうぞ、お掛けください」
アンバーに肩を押されて部屋の中に戻される。
そのまま椅子に座らされて、どこに持っていたのかいつの間にか手に持っていた櫛で私の髪を梳き始める。
「自分でやりますよ」
「いいえ、私がやります。サクラさんは雑なんですよ。適当に梳かして髪を痛めるでしょう」
そう言われると反論できない。
前世からお洒落に興味がなかったから、いつも寝ぐせさえついてなければいいと思って適当に髪をまとめていた。
そのままお任せしていると、あっという間に編み込みを含んだヘアアレンジが完成した。
本当に何でも出来るな。
「ありがとうございます」
「いいえ。みっともない格好で殿下の前に出ないでいただきたいだけです」
感心しながら自分の髪に触れていると、満足げなアンバーと目が合った。
眼鏡越しの琥珀色の瞳。
―――あれ、なんか既視感が。最近、同じような瞳を見たような。
「では行きましょうか」
アンバーが私に手を差し伸べる。
私は疑問を解消できずにモヤモヤしたまま、彼の手を取った。